人はなぜ苦手意識を感じるのでしょうか? 不思議なもので、「この人、苦手だな」、と感じるのはすぐです。会って話しているうちに、なんとなく違和感を感じて、「この人、嫌だな」、と思い始めると、その思いは次第に大きくなってしまいます。
人が苦手意識を感じるとき、その要因はいくつかあげられますが、最もわかり易いのは、のっけからこちらの痛いところをビシビシとついてくるタイプです。何でそこまで言うの、というくらいに、歯に衣着せぬ人はその典型例と言っていいでしょう。こちらの立場や気持ちを無視して、思っていることを遠慮なく言うことは、悪いことではありませんが、言うタイミング及び言い方を考えなければなりません。こういうタイプの人はどこにでもいるものです。
以心伝心とは〈無言のうちに気持ちが相手に通じること。もと禅宗の語で、言葉や文字では説明できない、深遠で微妙な真理や法を、師の心から弟子の心に伝える意。〉ということです。
阿吽の呼吸とは〈相撲の仕切りなど、二人以上が一緒に何かをする時、互いの気持ちがぴったり合うこと。〉です。(共に「実用ことわざ慣用句辞典」三省堂刊より)
最近、阿吽の呼吸でわかってくれるだろうと思っていた人に、以心伝心では伝わらないんだな、と知らされてがく然としたことがありました。
我が家も他の愛犬家に違わず、愛犬は目に入れても痛くないほど可愛がっていますから、オモチャはこれ以上ないほど買い与えています。ところが、犬もさるもので、買い与えた始めの頃は物珍しいのか喜んで遊んでいますが、すぐにあきてしまいます。という訳で、いつの間にか使われないオモチャの山ができてしまいます。ところが、そんな愛犬ですが、幼犬の頃から気に入っていて、7歳半になった今でも気に入り続けている唯一のオモチャがあります。それこそが“空のペットボトル”なのです。
友だち同士の約束って何でしょうか? いろいろありますが、お互いの不利益になることはあえて言わない、ということです。友だちをもっと広げて同志としましょうか。ま、仲のいい友人関係同士の中で、何が一番ショックを受けるかというと、これだけは言って欲しくはないことを、あろうことか友だちに言い触らされてしまう、ことです。
とはいっても、現実においては否応無しに戦う気力が萎えてしまうことは多々あります。たとえば人間関係においてです。上司との関係、先輩との関係、同僚、はたまた恋人との関係、親子関係、夫婦関係……と、私達は人間関係でいつも悩まされ続けています。これは人間として生きる以上しかたのないことかもしれません。

