去る5月20日(日)、須坂市文化会館メセナホール・大ホールで〈歌とトーク満載のフォーク・コンサート フォーエバーヤング〉が行われました。出演は庄野真代、細坪基佳(元ふきのとう)、三浦和人(元・雅夢)で、当日は700人を超えるたくさんの人たちが集まりました。実は、このイベントをプロデュースしたのが私です。
一度目は「『戦争を知らない子供たち』に別れを告げて『男どうし』での再出発でした」と杉田は言います。
「男どうし」(75年9月20日発売)ができる前、彼は1974年春から75年春まで休養しました。宗教家であった父親の生き方を理解する為に、一年間の修行を積みたいと思ったのです。修行を終えて、彼はすぐさまロンドンに向かいました。北山修が当時ロンドンに住んでいたので、ロンドンに行って二人で新しい歌を作ろうということになったのです。そんな中から「男どうし」は生まれました。結果的に「男どうし」は新境地を切り開き、彼は“復帰”して再スタートを切ることができたのです。
ひとつは、「わかりました」と言ってうなずく。ひとつは、無言を貫く。そしてもうひとつは、すかさず反論をする。だいたいが、この3パターンではないでしょうか。
実は昨日の午後7時に、携帯電話の機種変更をしました。なぜ唐突に昨夜だったかというと、充電池がダメになって遂に5時間ももたなくなってしまったからです。通話時間が30分程経ってしまうと、電池残量の波状が1本を切ってしまいます。これではいつ切れてしまうのか?と心配で仕事になりません。それでこれではもう限界だ、ということで携帯ショップへ飛び込んだ、というわけです。



