あるひとつの時代が新しい歌を生み、ひとりのスターを作り出していく。歌はその時代を生きる若者の“バイブル”となり、歌い手は“教祖”となるのです。
かつて“怒れる若者の季節”と呼ばれる時代がありました。1960年代後半から70年代にかけて、ベトナム反戦、学園紛争、安保反対と嵐が吹き荒れた時代です。ここから生まれたのが岡林信康であり、彼の「私たちの望むものは」などのプロテスト・ソングでした。これは時代に対するアジテーションであり、岡林は“反体制の英雄”でした。
そして、70年安保自動延長。それに伴ない、挫折感がたくさんの若者たちの心を包んでいきました。こうした運動と無関係ではなかったフォークも大きなショックを受けました。岡林は「今まで外にかみついてばかりいたけど、実は自分の中にこそ、かみつかなければならないところがあるのではないか」と、それまでの自分を総括しました。これはどういうことかというと、70年安保を境にして“外”に向いていた眼(意識)が“内”に向かい始めたこと、つまり、社会に対して痛烈にプロテストしていたものが自分自身に向けられ、自分の生活に根ざした歌が生まれたということです。そんな代表が吉田拓郎であり、彼の「今日までそして明日から」などの“青春メッセージ・フォーク”でした。

