しかしながら、いちがいに説明不足ばかりを責めていいのでしょうか? なぜかと言うと、確かに説明不足はいけません。当然、説明をしなければいけないことはきちんと説明をして責任を果たすべきです。このことに関してはまったく異論はありません。
ではなぜ、つい言いたくなってしまうのか、と言いますと、説明責任が問われるならば、それに対する“理解義務”も当然生じるのではないか、と考えるからです。この頃つくづく感じることは、こちらが説明をしたつもりでも、若い人には伝わり切っていない、ということです。たとえば、「○時半頃に改札口で…。後で電話するから…」と言ったとしましょうか。もちろん、何度も言っていることですが、こちらは、今出かけているので正確な時刻がわかったら電話をするのでスタンバイしておいてくれ、と思っています。だから、当然のごとく、正確な時刻が出たときに電話をして「では○時半に改札口で…」と電話をかけます。しかしながら、電話には誰も出ません。彼らは改札に向かって出発してしまったからです。

