富澤一誠の「俺が言う!」
音楽評論家 富澤一誠氏の 「俺が言う!」を掲載していきます。
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悪い局面をプラスに変えるためには、自分自身をリセットできる勇気が必要です!
 悪い局面を変えるためには“仕切り直し”をする必要があります。とは言っても、簡単にリセットするわけにはいきません。このあたりの微妙なところが、仕切り直し、と、リセット、では似ていて異なるものなのです。
 仕切り直しをしたいと思うことは多多あります。それは仕事でも遊びでも同じことですが、悪い局面をなんとかして変えないかぎり、負の連鎖、マイナスのスパイラルは続いてしまうということです。
 ゴルフをやったことのある人ならわかると思いますが、ドライバーを打ってOBになると、続いて打つ2打目もOBになり易いということです。なぜOBを2打も続けて打ってしまうのか?というと、焦る心が仕切り直しを完全にはさせていないからなのです。もちろん、本人は気持ちをリセットさせて、新たな気持ちで仕切り直しのつもりでいますが、傍からながめていると、ほとんど第1打と同じなのです。かまえる方向も同じだし、ティー・アップする場所も同じです。これでは仕切り直しとは言えません。
人間の品格とは、つまるところ、自分が確実に責任の取れることしか言わない、やらない、ということです!
「ま、いいか…」と勢いで言ってしまったり、やってしまう、ことは多多ありますが、決して誉められたことではありません。なぜならば、「ま、いいか……」で勢いづくと、そのときはいいのですが、後でしっぺ返しを必ず受けることになるからです。
 人は常に理性と感情のせめぎ合いの中で生きています。ふだんは理性が感情をコントロールしているので、「ま、いいか」ときて「えい、やー!」とはならないのですが、ときどき理性が感情をコントロールできなくて、「ま、いいか」とタガがはずれて「えい、やー!」とばかりにとんでもないことをしでかしてしまうのです。
 理性が感情をなぜコントロールできなくなってしまうのでしょうか? それは目の前のエサに負けてしまうからです。人は目の前の快楽には弱いものです。据え膳食わぬは男の恥、ではありませんが、女から仕掛けられた恋に尻込みするのは男として恥だ、とばかりに飛びついてしまうと、後で痛い目にあうことになります。そんなリスクを予感しながらも据え膳を食べてしまう男の弱さは、結局のところ、リスクに対してガードが甘いということです。
森進一おふくろさん騒動から学ぶ“学習効果”は「人のふり見て我がふり直せ」です!
 森進一の“おふくろさん騒動”というのがありました。森がヒット曲の「おふくろさん」を歌うときに、前ふりとして台詞を入れてから、歌っていることに対して、恩師であり、この曲の作詞家である川内康範さんが「勝手に台詞をつけて歌うな」と異議を申し立てた、あの騒動です。このとき私はマスコミにコメントを求められて「なぜ森進一は事前に川内さんに会って了解を取っておかなかったのだろうか? 師弟という仲だから、はじめにきちんと挨拶さえしておけば、川内さんもあんなに激怒することはなかったのではないか」という主旨の話をしました。
 あのときは他人事でしたが、それはやがて自分にも火の粉は降りかかってくるのです。同じようなケースがやってきたとき、ポイントは他人事だったことを、自分に置き換えて考えられるか?ということです。つまり、他人事だったことを“学習効果”にできるかどうか、ということが大切なのです。
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