富澤一誠の「俺が言う!」
音楽評論家 富澤一誠氏の 「俺が言う!」を掲載していきます。
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自分の“可能性の糸口”を見つけるポイントは“うらやましい”と思う心です!
 強い者にも“死角”はあります。また、弱い者にも可能性の“糸口”はあります。それだけに死角と糸口の組み合わせによっては、とんでもない番狂わせが起こったりするのです。そんなことを考えると、弱いからといって負けたわけではありません。
 よくピンチがチャンス、というではありませんか。ピンチに陥ったときは、火事場のクソ力が出て上手くいくこともあるのです。逆に、勝ったと思った瞬間に気がゆるんでしまい、流れが変わって負けてしまうこともよくあります。だとしたら、私たちはまずは何をすべきなのでしょうか?
 人は誰でもいいところを持っています。しかし、残念ながら、そこに気がついて磨きをかけている人は少ないのです。はっきり言って、これでは宝の持ち腐れです。もしも“可能性の糸口”が誰にでもあるとしたら、それをいかに見つけ出して磨くか、ということです。意外と私たちは自分の“可能性の糸口”を見つけることができなのです。しかしながら、方法論はあるのです。“可能性の糸口”を見つけるリトマス試験紙はいくつかあります。そのひとつは、「もったいない」と思う気持ちではありませんが、「うらやましい」と思う気持ちです。ここに“糸口”を見つけるヒントが隠されています。
“だぼはぜ人間”にはなるな! まずは自分自身を磨きなさい!
“だぼはぜ”のように、はなりたくないものです。だぼはぜは淡水産の小形のはぜの一種ですが、エサなら何でも食いついてしまうという習性があります。従って“だぼはぜのような奴”とは、節操もなく何でもいいから飛びついてしまう奴という意味です。表現はきれいではありませんが、“味噌も糞も一緒”とほぼ同じです。
 だぼはぜ人間は確かに存在しています。いや、誰の中にも“だぼはぜ人間”のDNAはあるのです。ただひとつ違うことは、そのDNAが出てしまうか、出ないか、ということですが、その差はかなり大きいと言っていいでしょう。だぼはぜ人間の特徴は、おいしいなと思えるところにはどこへでも顔を出すということです。この人、知っておいた方がいいなと思うと、臆面もなく近寄っていきます。あなたのまわりを見回して下さい。おいしそうな所には必ず顔を出している奴っているでしょう。ま、こまめといえばこまめですけれども、はたしてそれでいいのでしょうか? 確かにどこへでも顔を出して、顔を覚えてもらうことは大切なことです。そこから“人脈”が作れることもあるからです。しかしながら、相手の立場に立って考えたらどうでしょうか? 相手の立場に立って考えれば、だぼはぜ人間と名刺交換をしたぐらいではたぶん記憶に残ることはないでしょう。2回、3回と顔を会わせたら、さすがに顔と名前ぐらいは覚えるかもしれませんが、はっきり言って、そこまでなのです。そこまでということは“だぼはぜ人間”で終わってしまうということです。
“風見”付きの“ポリシー人間になることが、今の世の中には必要です!
 風見鶏。屋根の上や船の上に付けて風の方向を知る道具で、矢やニワトリの形をしたものが多い。という訳で、風向きによってクルクルと方向が変わる、という特徴があります。この特徴から、「あの人は風見鶏だ」というように使われます。この場合、決していい意味では使われません。つまり、風向きによってコロコロと態度が変わるので調子のいい奴、という意味で使われているのです。
 政界の風見鶏といえば中曽根康弘元総理が有名ですが、私たちのまわりにも調子のいい“風見鶏人間”は必ずいます。「あいつは風見鶏だから……」と言われると、言外にあてにならないお調子者という評価が下されています。しかしながら、と私は最近考えてしまうのです。確かに風見鶏はほめられたものではありません。風の吹く方向、つまり、自分にとって都合のいい方向に顔を向けるということは、力のある人間につくということですが、ポリシーがない、と言われてもしかたがありません。でも、風を読んで力のある人間にいち早くつくということは生き方としてはあるのではないでしょうか?
フォークのことなら俺に任せてよ! で、あなたの得意は何?
 キャラクターが立っている、ということは素晴らしいことです。キャラが立っている、ということは、その人にしかない独創性があるということ、つまり、オンリーワンの存在であるということでもあるのです。
 ではキャラを立たせるためにはどうしたらいいのでしょうか? そのためには、「それだったら、あの人だな」と周囲の人たちに言わしめる得意分野というか専門分野を持つことです。分野は何でもいいと思います。ちょっと想像してみて下さい。私たちのまわりには実にたくさんの知り合いがいます。そして、そんな中には何人か必ずキャラが立っている人がいるはずです。やたら野球に詳しい人、サッカーに詳しい人から、アニメ、映画、インターネット、はたまた美味しいラーメン屋さんやケーキ屋さんに精通しているなど様々です。私たちは、何かに困ったときとか、何かを知りたいと思ったときは、「誰かいなかったかな?」と考えて誰かを思い浮かべます。そして「そうだ、それだったらあの人だな」と思い出して連絡を取ることになります。いうならば「この件に関してはあの人しかいない」か「あの人に聞けば大丈夫」ということです。ここまできたらキャラは立派に立っていると言っていいでしょう。
優秀で、なおかつできる人、を今、時代は求めています!
 優秀な人間にも2通りのタイプがあります。ひとつは優秀で、なおかつできる人。もうひとつは優秀だが、できない人。
 同じように優秀でない人間にも2通りのタイプがあります。ひとつは優秀ではないができる人。もうひとつは優秀ではなくて、なおかつできない人。
 それぞれどんな特徴があるかというと、大まかに言うと以下の通りです。
 優秀で、なおかつできる人は、現状分析が鋭くて、今何をなすべきなのかという“戦略”を立てられる明晰な頭脳を持ち、なおかつ、その戦略を具現化できる実行力を持っているのが特徴です。
 一方、優秀だが、できない人は、戦略という青写真は描けるのだが、実行力が伴なわないのが特徴です。つまり、口ばかりというタイプです。
 現実には後者のタイプ〈優秀だが、できない人〉が多いから困ったものです。さしずめ官僚的と言ったらいいでしょうか。頭はいいので戦略は立てられるのですが、実行力がないので、すぐにあきらめてしまうのが玉に傷です。正直なところ、こういうタイプは“言い訳”が上手いのが特徴です。このあたりをしっかりと把握して付き合っていないと、結局のところフタを開けたら何も始まらなかった、ということになります。
与えられた“ステージ”で100パーセントの実力を発揮できるかどうか、が大切です!
 与えられた“ステージ”で100パーセントの実力を発揮できるかどうか、が大切です。
 ステージは“仕事”と置き換えてもいいし、学生なら“試験”“テスト”と置き換えられるし、スポーツ選手なら“試合”と言ってもいいでしょう。
 私たちは自分にとって理想とする“ステージ”をめざして努力をします。まずは夢のステージに立たなければ話にならないからです。そのステージで優勝するとか1位になりたい、とかという究極の目標はその後の話です。いうなら、私たちは優勝という究極の目標を達成するためにはまず、その権利を得るための“候補者”にならなければならないということです。オリンピックで金メダルを取るためには、数々の予選会を勝ち抜いてオリンピックに出場できる権利を獲得しなければなりません。
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