政界の風見鶏といえば中曽根康弘元総理が有名ですが、私たちのまわりにも調子のいい“風見鶏人間”は必ずいます。「あいつは風見鶏だから……」と言われると、言外にあてにならないお調子者という評価が下されています。しかしながら、と私は最近考えてしまうのです。確かに風見鶏はほめられたものではありません。風の吹く方向、つまり、自分にとって都合のいい方向に顔を向けるということは、力のある人間につくということですが、ポリシーがない、と言われてもしかたがありません。でも、風を読んで力のある人間にいち早くつくということは生き方としてはあるのではないでしょうか?

