友だち同士の約束って何でしょうか? いろいろありますが、お互いの不利益になることはあえて言わない、ということです。友だちをもっと広げて同志としましょうか。ま、仲のいい友人関係同士の中で、何が一番ショックを受けるかというと、これだけは言って欲しくはないことを、あろうことか友だちに言い触らされてしまう、ことです。
新聞記者としてつかんだ情報を発表するということは正しいことです。しかし、その情報を漏らすことが自分の友だちの最も不利益なことになるとしたら、どうするでしょうか? 私は友だちを守ります。それが“美学”だと思っています。だから、たとえば友だちの状態を他人からさぐりを入れられたとしたら、私は、現実はかなりやばい状態ではあっても「いや、そんなことはないですよ。彼は元気です。大丈夫です」とかばいます。こういうケースはたくさんあります。私の友だちはレコード会社、プロダクション、音楽出版社などの経営者がたくさんいますが、この御時勢ですから、経営が芳しくないところがいくつもあります。当然ながら、そんなことが噂になり、話題にのぼります。そんなとき、私は友だちの火の車の内情を知ってはいても否定します。「いや、予想していたわりには大丈夫ですよ」と。なぜ否定するのか、というと、相手に合わせて調子に乗って、あることないことをしゃべってしまうと、やがてそれが増幅して、ひとり歩きを始めて、結局のところ「あそこはやばい。あいつはもうダメだ」という決定打になってしまうのです。そんなことになってしまったら、これはもう友だちとは言えないでしょう。
自分の友だちのこと、仕事上で大変お世話になっている人のこと、はたまた仲良しグループだと思われている人のことなどを、平気で悪口を言う人がいます。見ていて、いい気持ちがしないどころか、こういう人はきっと私のことも、他では悪口を言っているんだな、と思うとゾーッとします。友だちなら、友だちのことは守る。これは人間としての基本ではないでしょうか。友だちがいのない友だちが増えていることは淋しいかぎりです。

