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以心伝心よりも、とにかく物をはっきりと言うこと。これが大切です! 

“以心伝心”とか“阿吽の呼吸”とか、そんな“ことわざ慣用句”は死語になってしまいました。それに伴なって、コミュニケーションの取り方も変わってしまい、こちらも変わらざるをえないようです。
 以心伝心とは〈無言のうちに気持ちが相手に通じること。もと禅宗の語で、言葉や文字では説明できない、深遠で微妙な真理や法を、師の心から弟子の心に伝える意。〉ということです。
 阿吽の呼吸とは〈相撲の仕切りなど、二人以上が一緒に何かをする時、互いの気持ちがぴったり合うこと。〉です。(共に「実用ことわざ慣用句辞典」三省堂刊より)
 最近、阿吽の呼吸でわかってくれるだろうと思っていた人に、以心伝心では伝わらないんだな、と知らされてがく然としたことがありました。
 ある人をAさんとしましょう。Aさんに私はかなり大きな貸しがあります。そこで私は、私がかかえている案件をAさんにお願いしようと考えました。当然ながら、Aさんに大きな貸しがあるので必ずや受けてくれるだろう、という読みがあったからです。でも、私は直接Aさんにお願いすることはしませんでした。直接お願いするよりも、もっと確率の高い方法があったからです。それでAさんの直属の上司であるBさんを介して、BさんからAさんに案件をおろしてもらおうと考えたのです。Bさんと私は“同盟関係”にあります。お互いにできることは何でもやる、という強い信頼関係で結ばれています。すなわち、私が正式にお願いした案件は、何があってもBさんは実現してくれる、ということです。上司であるBさんの命令はAさんにとって相当のプレッシャーですし、そこに私に対して大きな借りがある、ということもAさんにとっては重圧です。そんなことを考えると、Aさんは受けざるをえません。ところが、です。ここで信じられないことが起きたんです。Bさんからおりてきた案件を、Aさんは「できません」とBさんに断ってしまったんです。信じられないことです。なんでこんなことになってしまったんでしょうか? その真相は、Bさんの“真意”がAさんに“以心伝心”とはいかなかったのです。
 Bさんは上司ですから強制的に「やれ」と命令はしたくはありません。そんなトップダウンだと社内的にはうまくはないからです。だから、表面的には「こういう案件があるんだけど、キミが考えて、やる、やらないかの判断をしてくれ」と言います。いわゆる、殿様の「よきにはからえ!」です。
 ポイントは殿のこの「よきにはからえ!」を、どういうニュアンスで受け取るかということです。ひとつは、殿は“やれ”と決めているので、その方向で社内を調整しなければならない、ということ。もうひとつは、お前がよろしくはからえ、つまり、是非の判断はあくまでもこちらに殿が任せてくれた、と考えること。これまでなら殿の「よきにはからえ!」は確実に前者です。だから、殿に頼めば何でも決まったんです。しかし、最近では殿の心を読めない人たちが増えているので、しばしば後者の考え方をして、結局のところトラブルが生まれてしまうのです。それはそうです。殿の心、部下知らず、ということで、結果的に殿の顔をつぶすことになってしまうからです。これではいかがなものか?です。そして、殿も考えを改めるべきです。以心伝心がきかない部下相手では、「これはやれ!」と“命令”を下すべきなんです。以心伝心よりトップダウンのできる人こそが真のリーダーなんです。とにかく物をはっきり言うこと。今の世の中、これが大切です。
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category: 俺が言う!

2007/03/23 Fri. 17:15 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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