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ドキュメント「夢は眠っていないか?」Part.Ⅳ   演歌を歌いながら胸に去来するのは、夢は眠っていないか?という想いである! 

 会社の近くにある割烹で寄せ鍋に舌鼓を打ちながら星野豊は、新入社員だった当時のことを思い出していた。彼は独立して、電子技術の情報に関するデータ・バンク・サービス会社を設立したばかりだ。それだけに10年前の出来事が懐かしく思い出されるのだった。
 1974年4月、彼は慶應大学法学部を卒業して日立製作所に就職した。
 入社して1年目は仕事に慣れるだけで大変だった。そのうえに、上司、同僚とマージャン、酒など夜の付き合いもあったので、家に帰れるのは早くても深夜0時ごろだった。
 そんなある日のこと――彼はステレオのスイッチを入れFMラジオをかけっ放しにして床についた。寝つきが悪そうだと思われるとき、彼はラジオを子守り唄がわりにしていた。うつらうつらとしかかったときだった。しっとりとしたメロディーが哀愁を帯びた声に乗って流れてきた。それが彼と小椋佳のうたう「しおさいの詩」との出会いだった。
 彼は言う。
「あの歌を聴いていると過ぎ去ってしまった学生時代のことが懐かしく思い出された。と同時に、懐かしさと共に残念だったなあという思いも胸に迫ってきた。殺風景な独身寮にいたので、歌の文句じゃないけど“消えた僕の若い力 呼んでみたい”と本気で思ったんだろうね、きっと」
 翌日、彼はレコード店に行って、「しおさいの詩」が入っている小椋佳のアルバム『彷徨』を買い求めた。
「他の歌手に比べて小椋佳は身近に感じられたね。彼は銀行員でぼくと同じサラリーマンだったから、全体的に共鳴できたし、何よりサラリーマンでありながら歌という好きなことをやっているということに憧れた。サラリーマンだったらみんなそう思ったんじゃない。だから、頑張れと声援を送る気になったし、サラリーマンでも歌で頑張っている奴がいるんだと知って励みにもなった」
 社会という荒波にもまれ、ややもすると呑み込まれそうになるとき、小椋の存在は彼にとって大きな励みとなった。
「オレだってやれるんだ」――小椋の歌を聴くと、彼はいつも元気が出るのだった。
 しかし――そんな彼が次第に小椋の歌を聴かなくなってしまう。
 彼が「しおさいの詩」を初めて聴いてから2年ほど経った頃“小椋佳ブーム”が訪れた。75年、布施明がうたって、ミリオンセラーとなり、その年のレコード大賞まで受賞した「シクラメンのかほり」の作詞・作曲者として、小椋は脚光を浴びたのだ。東大卒のエリート銀行員“神田紘爾”という素顔を持つ彼は“サラリーマンの星”ともてはやされた。
「結局嫌いになったのは彼をねたんだんだろうね。売れる前までは身近に感じられたけど、売れてからは、やっぱりあいつはぼくとは違うんだ。そう思ったとき、銀行なんか早く辞めちまえと腹が立ったね」
 それ以来、彼が小椋佳に興味を覚えることはない。そして現在、彼は「やっぱり演歌だよ」というのである。
「宴会なんかで盛り上げるとき演歌じゃなきゃ駄目なわけよ、特に年配の人を相手にする場合は。知らないまに、みんな会社の人間になってしまってるんだな、淋しいことだけど……」
 演歌を歌いながら胸に去来するのは、夢は眠っていないか?という想いである。
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category: 俺が言う!

2009/10/06 Tue. 17:59 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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