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ドキュメント「夢は眠っていないか?」Part.Ⅸ 歌の主人公と同化することで淋しい日々が癒される! 

 高校3年生の春休みに、古寺沙織は友人とふたりで鎌倉に一泊旅行をした。群馬県の館林駅から東京駅に出て、そこで横須賀線に乗り換えて北鎌倉駅で降りた。そして、すぐさま縁切寺をめざした。縁切寺の境内には桜が満開に咲き誇っていた。
 縁切寺を出た彼女は源氏山へ向かった。源氏山から銭洗弁天に出て、その日は由比ヶ浜で一泊。翌日は鶴岡八幡宮に参拝してあじさい寺を見て北鎌倉駅へ。そこから帰郷した。鎌倉旅行をするために、彼女は春休みの1週間を返上してアルバイトをした。何が彼女を鎌倉旅行にかきたてたのだろうか?
 さだまさしのグレープ時代の曲に「縁切寺」がある。彼女はこの曲が好きだったのだ。彼女がグレープを知ったのは高校2年のときだった。友人から「いいよ」と勧められたのがきっかけだったが、すぐさま虜になってしまう。
 「さだまさしの豊かな感性というんですか、文学的香りが漂った知性的な雰囲気、それがとても憧れでしたね」
 グレープのレコードを買い求め、詞集も買ってきて、彼女はさだの歌の世界に浸る。不思議なことに自分自身がその歌の主人公になってくるのだった。たとえば「縁切寺」では、源氏山から北鎌倉へ歩いている自分が見える。縁切寺の山門前で彼氏に哀願している自分の姿が浮かんでくる。乙女心にさだの歌はあまりにも甘美だった。だからこそ、さだの歌は女性を歌の舞台になっている所へ誘うという特性があるのだ。
 1977年の春に彼女は上京して、とある医学技術専門学校に入学する。臨床検査技師になるためだ。学校の勉強はハードだった。毎日の日課は、午前9時から午後5時までが授業。帰宅してから夕飯の仕度をして食べて後片づけをして、銭湯に行って帰ってくると9時をまわっていた。それからレポートを書く、という繰り返しだった。彼女は寮に入っていた。しかも4人の相部屋だった。4人いると楽しいことも多かったが、その半面、ひとりになりたいと思っても、その自由がなかった。そんなとき、彼女はさだの歌を聴くのだった。そして、たまの日曜日には「無縁坂」や「檸檬」の舞台になっている無縁坂や聖橋に出かけて行った。すると不思議と心が和むのだった。歌の主人公になることで“憧れの人”さだまさしとデートしている気分になり、つらくて淋しい日々が癒されたと推測される。
 80年4月、専門学校を卒業した彼女は、臨床検査技師として就職する。その前後から、彼女はさだを聴かなくなってしまう。なぜか?
 「オフコースが好きになったからではないですか。あの透明感のあるボーカルとハーモニー、聴いていてとても聴き心地がいいですからね」
 さだからオフコースへの変心――それは、社会に出た彼女がハードな現実に直面したことで乙女チックなセンチメンタリズムの世界からリアリズムの世界に変わったことで、より気楽な歌を好むようになったのではないだろうか。そんな彼女だが、結婚してからはオフコースも聴いていない。主婦としての仕事がハードで音楽を聴いている時間がないからだ。
 あれから25年という年月が流れた。さだまさしの歌の世界に浸っていた頃の彼女の夢は眠っていないか?
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category: 俺が言う!

2009/11/09 Mon. 19:19 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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