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「手紙~親愛なる子供たちへ~」は、老いた親が子に贈る“辞世”であり“遺言歌”です! 

 親が子を殺めたり、子が親を傷つけたりして、まさに家族の崩壊が始まっています。だからこそ逆に、家族の絆が今こそ必要とされているのです。時代は紛れもなく“家族愛の歌”を必要としているのです。
 その証拠に、すぎもとまさとの「吾亦紅」がロングセラーになっています。この歌は亡き母に捧げる“鎮魂歌”と言っていいでしょう。「吾亦紅」はすぎもとが亡くなった自分の母親のことを歌った歌です。この歌を聴いて心のどこかがズキンと疼く人はたくさんいるに違いありません。特に長年連れそった妻と離婚して初めて自分を生きる、と吐露するフレーズには、口に出しては言えない男の本音が凝縮されていて、まさに“家族愛の歌”です。だからこそ、「吾亦紅」はリリース(2007年2月21日発売)されてから9ヶ月間かけて自力でヒット・チャートを上がってきたのです。歌は世につれ、世は歌につれ、と言うように、歌の持つ本当の力を時代が今必要としているのです。
 人はないものを欲します。家族の絆が希薄になってしまっているからこそ家族愛の歌に共感を覚えるのです。究極の家族愛の歌・樋口了一の「手紙~親愛なる子供たちへ~」が再び話題となっています。去年の暮に日本レコード大賞優秀作品賞を受賞したことがきっかけとなって新しいファンを開拓し始めたからです。
 「手紙」では、老いた親が、あなた(子)の人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように、私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい、と子に心情を吐露します。老いの現実と親子の愛情の狭間で感情が揺れ動きます。この歌を聴きながら聴き手は自分の両親のことを思い出します。他人事ではありません。このとき自分が歌の主人公と同化してしまっているのです。だからこそ、自然と心を揺さぶられてしまうのです。この心を揺さぶる何かがこの歌が持っている独自の“歌力”なのです。この歌力があるかぎり、この歌はロングセラーとなることは間違いがありません。
 「手紙」は老いた親が子に贈る“辞世”であり“遺言歌”でもある、と私は考えています。人生の終わりを迎えたとき、人は親として子に何を残すでしょうか。そんなことを考えたときに深く考えさせられるのが、先程の“人生の終わりに付き添って欲しい”という真情だと思います。この歌を聴いていると、この3月で91歳になる自分の母親のことを自然と考えてしまいます。遠く離れて暮らしていますが、どこで暮らしていても心の故郷はいつも母でした。だからこそ、「手紙」を聴いていると母に対していとおしい感情が生まれてきて優しくなれるのです。
 この歌詞は作者不明のポルトガル語詩で、樋口の知人が訳詞をして、その内容に衝撃を受けた樋口が触発されて作曲をしたと言います。
 「故郷(熊本)にいる81歳の父と、幼い息子と娘の顔が交互に浮かび、詩に導かれるままに曲をつけました」
 樋口の熱い想いが凝縮された「手紙~親愛なる子供たちへ~」。この歌をあなたはどう受けとめますか?
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category: 俺が言う!

2010/01/20 Wed. 10:20 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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