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一糸まとわぬ阿久悠作品の“デッサン画”ともいうべき完全アカペラカバー・アルバム『歌鬼3』は“アスリート・ソング”です。 

 新聞の全面広告にバレリーナの草刈民代さんの一糸まとわぬヌード写真が掲載されたとき、衝撃を受けた人は多いことでしょう。私もそんなひとりですが、まず思ったことは、なぜ今さら草刈さんが写真集を出版してヌードになる必要があるのか、ということでした。それはそうです。世界的なバレリーナである彼女は功なり名を遂げた一流の芸術家です。そんな彼女が売名行為をする必要などどこにもないからです。彼女の真意はその後、新聞やテレビのワイドショーで取り上げられたことで理解できました。彼女によると日本ではバレエをまだ知らない人の方が多い。だからこそ、世間的に知られている自分があえてヌードになって話題を呼ぶことで、バレエを一般にアピールしたい。そのための彼女なりのチャレンジであった、ということです。正直言って、立派だな、と思いました。と同時に、バレエの本当のすごさを私は彼女のヌード写真から教えられました。
 バレリーナのイメージは華麗で華奢な美人です。しかし、そんなイメージの背後には、鍛え抜かれた肉体が存在していたのです。ぜい肉がひとつもなく、筋肉で頑強に包まれた鋼のような肉体は、まさに鍛え抜かれた一流のアスリートと同じです。つまり、華麗に舞うバレリーナであるためには、日々肉体を鍛え抜いていなければいけないのだ、ということです。ぜい肉ひとつない、鍛え抜かれた筋肉質の鋼のような肉体があって、初めてバレエは華として存在できるのです。そんなことを草刈民代さんに教えていただきました。
 話は変わりますが、阿久悠トリビュート・シリーズ第3弾『歌鬼3~阿久悠×青春のハーモニー~』は、阿久悠作品を完全アカペラカバーしたものです。アカペラといえば、オリジナル曲をアレンジごとはぎ取って、詩とメロディーのみにしたものです。いうならば、アレンジという洋服をはぎ取ってしまうわけですから“歌のヌード”と言っていいでしょう。バレリーナから衣装を脱ぎ取って裸体を見せると同じです。このとき、草刈さんのようなアスリート的な肉体だったらいいですが、そうでなかったら幻滅どころの騒ぎではありません。阿久悠作品とて同じです。オリジナル曲はアレンジも含めてパフォーマンスも完璧で、その完璧な歌を我々は聴いて覚えていて記憶しているのです。アカペラでカバーするということは、それをはぎ取って、素のまま、つまりヌードで勝負ということです。
 しかし、さすがは阿久悠作品です。アレンジ、パフォーマンスをはぎ取って、一糸まとわぬ“素”のままになっても、詞の言葉にはひとつの無駄もないし、言葉と曲の相性も全てが必然性があります。つまりは、阿久悠作品はアスリートの鍛え抜かれた肉体と同じで無駄がいっさいないということです。いうならば、阿久悠作品は“アスリート・ソング”です。一流のアスリート・ソングだからこそ、アレンジというどんな衣装を着ても十分に輝き、作品として成立するのです。阿久悠作品には一流のアスリートに通じる美学があります。その美学こそが阿久悠作品に不滅の命を与えている核なのです。そんな意味で、このアカペラカバー・アルバムは、阿久悠作品の真髄を知るうえに実に貴重です。
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category: 俺が言う!

2010/06/22 Tue. 16:58 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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