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“現代の演歌師”岡大介に歌って欲しいのは「一発屋総理」のようなメッセージソングです! 

 明治、大正時代に街頭に立ち、社会風刺の演説を歌にして歌う“演歌師”と呼ばれる人たちがいました。そんな演歌師の巨頭が添田唖蝉坊でした。
 今、添田唖蝉坊の再来か?と注目されているのが岡大介(おかたいすけ)です。1978年8月1日、東京生まれの31歳の彼は当然のことながら唖蝉坊を知りません。そんな彼がなぜ演歌師の存在を知るようになったのでしょうか?

「たまたま『人間なんて』を聴いたんですが、瞬時にして心を奪われてしまいました。カッコ良くて……それまで音楽に興味なんてなかったんですが、それ以来、拓郎さんの熱烈なファンになって、それから3年間程は毎日が拓郎漬けでした」
 やがて20歳頃から路上で歌うようになり、仲間が増えて、そんな仲間からフォークのことをたくさん教えてもらうようになり、自然と拓郎の仲間のフォーク・シンガーたちを知るようになりました。
「拓郎さんから入って、岡林信康さん、なぎら健壱さん、高田渡さんなどを知り、たくさんのフォークを聴くようになり、そんな中で高田渡さんに出会うわけです。吉祥寺の焼き鳥屋“いせや”に出入りしているうちに渡さんと知り合いになり、渡さんからフォークのルーツは明治、大正時代の演歌師だ、ということを教えてもらいました」
具体的には、唖蝉坊の詞に渡が曲をつけた高田渡の作品「あきらめ節」を通して、岡は唖蝉坊を知るようになりました。
「渡さんの作品を聴いて、そのルーツが知りたくなり、調べていったら、明治、大正の演歌師にたどりついたのです」
 演歌師がかもし出すチンドン屋ふうの心うきうきとした浮遊感がフォークギターでは出せないということで、カンカラ三線を使って歌うようになったのです。
「空き缶を利用した沖縄の三線“カンカラ三線”を教えてもらって弾いてみたら、そのしょぼい感じがぴったりだったんで、それ以来使っています」
 唖蝉坊のカバー曲の他に風刺をきかせたオリジナル曲「ホロホロ節」などを持ち歌として、岡大介は声がかかると飲み屋さんでもどこへでも出かけて行って歌う、まさに〈現代の演歌師〉です。アルバム『かんからそんぐ』を聴いていると、他に誰もやっていないことをしているだけに大いに期待が持てそうです。願わくば、明治、大正時代の演歌師のように風刺のきいた鋭いメッセージ性に富んだ現代の“演説歌”を作って歌って欲しいものです。さしずめ政治の現状をひねって「一発屋総理」なんてどうでしょうか? 「この頃、都に流行るもの 一発屋総理 誰がなっても1年ももたない これでは名前も覚えられない こんな日本に誰がした」。ま、この詞は私の思いつきで書いただけですが、岡大介の価値は現代の新しい演歌を生み出すことにあるのではないだろうか……。かつてフォークの時代は、自分の言いたいことを思い切り歌に託して表現したものです。ラブソングもいいがメッセージ・ソングもあっておかしくはありません。その意味で、岡大介に私は期待したいと思います。
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category: 俺が言う!

2010/07/29 Thu. 12:24 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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