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早川義夫の教え!「普通からどうしてもはみ出してしまうものが個性であり伝えたいものなのだ」 

 早川義夫を覚えていますか? 1970年前後に青春時代を過ごした人たちにとっては、彼はある意味で“英雄”でした。
 GSがピークをきわめていた68年10月1日にジャックスは「からっぽの世界」でデビューしました。メンバーは早川義夫、水橋春夫、木田高介、谷野均の4人。エレキ・ギターをフィーチャーしたジャックスはスタイルはGSふうでしたが、その音楽性はまったく異質でした。GSが歌謡曲をベースにした和製ポップスなのに対し、ジャックスはメッセージ色を前面に打ち出した“メッセージ・ロック”だったのです。とりわけ時代をとらえたリアルな詞と、狂気と紙一重の異様なボーカルの早川の放つオーラはひときわ光り輝いていたのです。
 もともとジャックスは65年にフォーク・グループとしてスタートしましたが、他のグループがキングストン・トリオ、PPM、ブラザーズ・フォーのいずれかのスタイルだったのに対し、彼らはピーター&ゴードンふうで、既にメッセージ入りのフォークをオリジナルとしていました。だから、ジャックスは当時、GSにもフォークにも属さない、いわば“異端のグループ”だったというわけです。だが、アルバム2枚を発表して解散。解散後、早川はURCレコードのディレクターとして、岡林信康、加川良などの制作にかかわりながら、ソロ・シンガーとしてもアルバム『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』を同年11月に発表(この中の収録曲「サルビアの花」が72年に、もとまろがカバーしてヒット)。しかし、71年5月に退社して音楽業界を去り、73年11月に川崎市に早川書店を開きました。ところが、94年に突然店を閉め、23年ぶりに音楽活動を再開したのです。
 「23歳のとき、若者でいることが嫌になり、早くおじいちゃんになりたいと思いドロップ・アウト。そして47歳のときに、これでいいのか?と思い、18歳の頃に戻りたいと思って、また歌を作り歌い始めたんです」
 今、彼は自作の歌をライブで歌い続けています。不可解な彼の人生を解く鍵は、彼の新刊『日常で歌うことが何よりもステキ』(アイノア刊)に凝縮されています。自分の人生をふと考えさせられる、彼の生き方です。最後に新刊の中から、私が特に感銘を受けた文章を引用したい。
 <(略)音は出せばいいってものじゃない。文章もそうだ。むずかしい言葉を並べればいいってものではない。いかに、伝えたいことを伝えられるかだけである。見たものだけを表現する。沈黙という表現もある。何でもそうだ。突き詰めれば、どんどんシンプルになって行く。一見普通がいい。その普通からどうしてもはみ出してしまうものが個性であり伝えたいものなのだと思う。(略)>
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category: 俺が言う!

2010/11/15 Mon. 15:42 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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