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<Age Free Music!>は音楽を熱く語れるメディアであり続けたいと思います。 

 最近“ゆるい歌”が多すぎると思います。だからアーティストの“熱い想い”が伝わってこないのです。歌は歌であって、実は歌ではない、という時代がありました。どういうことかというと、スタイルはあくまでも歌だが、それを超えてしまう“何か”があったということです。換言すれば、歌は己の自己表現の一手段だったということです。かつてフォークの時代は、歌とはそういうものでした。歌にアーティストの生きざまそのものが反映され、聴き手は歌を聴いてアーティストの“生きざま”に共感を覚えたのです。そんな時代に作られた歌は現実を超えていたのです。
 歌が現実を超えるためには、歌を作るアーティストが、その日常生活における生きざまでも私たちの現実を超えていなければならない、ということです。そのためには、アーティストは私たち以上にストイックな生活をし、洞察力を持たなければならない。それがアーティストの“使命”と言っていいでしょう。
 そんな使命を果たしたからこそ、吉田拓郎、井上陽水、南こうせつ、谷村新司、小田和正、さだまさし、松山千春、長渕剛などの歌には、燃えたぎるような“熱い想い”が凝縮されていたのです。
 ところが、年月は流れ、歌そのものが変わってしまったように思えてなりません。歌のスタイルは多様化しましたが、ひと口で言うなら“たかが歌”に成り下がってしまったと言っていいでしょう。でも、それは音楽の“純粋性”を取り戻したというパラドックスでもあるのです。しかし、と私は思います。いくら音楽性があったとしても、内容の希薄な歌が本当に歌なのか、と。
 歌は“原点”に立ち戻るべきです。そして私も原点に戻ろうと思います。音楽評論を始めて早いものでもう39年という年月が流れてしまいました。この39年間、私はこの目で見て、この耳で聴いて、この心で感じたことを、ミュージック・シーンという“戦場”から“従軍記者”として正確に伝えてきたつもりです。そしてこれからも“音楽のスポークスマン”として、熱く語り続けていくつもりです。
 音楽を聴いて感動したら熱く語る。それがやがて次の語りを呼び、熱気を帯びながらたくさんの人たちを巻き込んでいくのです。その意味では、ひとりの聴き手の“熱い想い”が言葉となって語られたときに初めて、歌は伝わるのです。音楽情報をいくら大量に伝達しても、語りたいという“熱い想い”のない情報は伝わりません。だからこそ今、音楽を熱く語ることが大切なのです。黄金のフォーク時代は、アーティスト、歌を題材にして、大いに語り合ったものです。今、熱く語るメディアが少ないのは、いかがなものか?と思います。<Age Free Music!>は、音楽を熱く語れるメディアであり続けたいと思います。
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category: 俺が言う!

2010/12/01 Wed. 14:58 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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コメント

「ニコニコ生放送」見ました

初めまして。秋元順子さんの回の「Age free music」のニコニコ生放送を見ました。途中からしか見てませんが、秋元さんは、面白い人だと思いました。冨澤さんが、なぜか、秋元さんの歌を、本人の前で歌い始めたとき、吹っ切れてるなぁと思いました。

hk #CKFlbcp6 | URL | 2010/12/12 Sun. 10:17 * edit *

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# |  | 2012/07/21 Sat. 10:33 * edit *

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