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人生の“道標の歌”でありたい。時代は今こそ“菊池章夫の歌”を必要としている! 

 20年ぶりに聴いた菊池章夫の歌に私は共感を覚えています。アルバム「こころの架け橋」に収録された11曲の全てに彼の人生の“道標”のようなものが凝縮されていて、思わずうなずいてしまうからです。
 私が彼と初めて会ったのは、彼が高校時代の仲間と3人組フォーク・グループ“阿呆鳥”を結成してシングル「物語」でデビューした直後でした。「物語」はスマッシュ・ヒットしましたが、彼らが活動していた1981年から86年はポップス、ロックがメインストリームになりかけた頃で、叙情派フォークの彼らは残念ながら時代遅れだったのです。かぐや姫、グレープ、ふきのとうが活躍していた70年代フォークの時代だったら良かったのに・・・。当然のことながら、そんな風潮の中で阿呆鳥は解散。そして菊池はソロになるが、そのうちに消息を聞かなくなってしまいました。そして20年という月日が流れて、菊池の歌は今、私のハートに響いています。
 菊池は35歳のときに歌うのをやめて故郷・いわき市に戻り、サラリーマンになりました。しかし、4年後の39歳のときに、“音楽の虫”が疼いて地元のコミニュティFMでしゃべり始めました。リスナーの体験談を聴いて、触発されたテーマを自分なりに消化して歌に作り直して、再び歌うようになった、と言う。同時にプロ時代は作詞しかしていなかった彼が一から作曲も始めた、とも言う。作曲もすることによって彼の考えていることがより鮮明に表現できるようになったのです。
 菊池は今54歳。歌に真剣に取り組んでいます。
 「今の自分にとって、歌は自分の足跡です。足跡を歌として残しているのです。人生の岐路に立ったとき、いろいろ考えます。そして私なりに答えを出します。私の歌にはそんな答えがあります。ですから、迷ったときの人生の“道標”ですか、そんな歌でありたいと思っています」
 菊池自身、人生に迷ったあげくに歌に再び光明を見つけ活路を切り開いたのです。かくいう私もそうです。20歳で音楽評論を書き始めて40年が経ち、今年で還暦を迎えました。そして今、「これからどうしようか?」と人生の岐路に立っているのです。だからこそ、菊池の歌に共感を覚えるのです。そこには私たちの“心の声”が表現されているからです。今、私は菊池章夫を身近に感じています。その意味で、時代が今、菊池の歌を必要としているのです。
 それにしてもうれしい再会です。正直に言って、私はここ2、3年、菊池のことが気にかかっていました。なぜならば、花岡優平の活躍があったからです。花岡と菊池は私から見ると境遇が似ています。花岡は“音つばめ”というフォーク・グループでかつて活動をしていました。70年代後半のことです。「愛の終りに」という名曲がありますが、当時は売れませんでした。時代はアリス、チューリップのポップなニューミュージック・ブームで、音つばめのような叙情派フォークはお呼びではなかったからです。このあたりは阿呆鳥と似ています。そして音つばめ、阿呆鳥に共通していることは、いいものを持っているのに売れなかったです。しかし、30年という年月を経て、花岡優平は秋元順子に「愛のままで…」という曲を書いて大ヒットさせ、作曲家として大きな花を咲かせました。その意味では、今度は菊池の番です。菊池が眠っていた魅力を発揮させる状況は今のミュージック・シーンには整っています。時代が今、“大人の音楽”Age Free Musicを必要としているなら、きっと菊池章夫に光が当たるに違いない、と私は確信しています。
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category: 俺が言う!

2011/05/11 Wed. 14:46 [edit]   TB: -- | CM: --

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