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心の琴線をふるわせる何かがある。トワ・エ・モワ38年ぶり奇跡のオリジナル・アルバム『ブーケ・ド・フルール』! 

 トワ・エ・モワが“38年”ぶりにオリジナル・アルバム『ブーケ・ド・フルール』を発表しました。これは奇跡と言っていいでしょう。
 トワ・エ・モワは1969年に山室英美子と芥川澄夫によって結成されたフォーク・デュオで、同年5月に「或る日突然」でデビューするや大ヒット。その後も「空よ」「初恋の人に似ている」「誰もいない海」「虹と雪のバラード」と連続ヒットを飛ばしますが、73年6月に惜しまれながら解散。解散後、山室は結婚して白鳥英美子名義でソロ・シンガーとして活躍。一方、芥川はレコード会社のプロデューサーとして岡村孝子などを育てました。そんな2人が、97年にNHK〈思い出のメロディー〉に出演したことがきっかけでトワ・エ・モワを再結成して、現在コンサートを中心に精力的に活動を続けています。
 「CDが売れない御時勢に、私がプロデューサーだったら、オリジナル・アルバムなんか出しません。その意味では、ありがたいことです」(芥川)
 ヒット曲のセルフカバーや名曲のカバーを集めたアルバムなら、これまでもありましたが、オリジナル・アルバムで勝負というのはチャレンジです。レコード会社にあえてチャレンジさせたのは、去年7月にリリースしたシングル「この街で」の評価が高かったからです。この歌は芥川賞作家の新井満が作詞、作曲(三宮麻由子と共作)をして、トワ・エ・モワに歌って欲しいと託した名曲。2005年3月3日、愛媛県松山市で開催された日本ペンクラブ主催の〈平和の日・松山の集い〉にゲストで招かれた新井満は、本番前日に表敬訪問した松山市役所で「恋し、結婚し、母になったこの街で、おばあちゃんになりたい!」というコピーを見つけました。松山市の〈だから、ことば大募集〉で市長賞を受賞した桂綾子さんの作品でした。
「シンプルだけど心の深いところまで届いてくると感動して、そんな想いを話したら、市長さんから、このコピーをふくらませて、明日の〈平和の日・松山の集い〉でぜひ発表して下さいと頼まれたんです」
 本番まで1日もないので徹夜で頑張りましたが、曲が完成しないまま本番をむかえてしまいます。結局、即興的に「この街で」は生まれました。その後、再演を求める声が市民から殺到し1000枚限定で松山市で発売されることになりましたが、反応は高まるばかりです。そこで新井盤が06年5月にリリースされました。さらに08年になると城之内早苗with布施明、フォー・セインツ、仲本工事と三代純歌などがカバー盤を相継いで出します。そして、10年7月21日にトワ・エ・モワが本命盤をリリースしました。カバーされるということは“いい曲”だという証拠。つまり、この歌には私たちと同世代の人々の心の琴線を震わせる何かがあるのです。そんな何かがアルバムを貫いているコンセプトともなっているのです。
「曲を発注するときに、これから先も手さぐりで汗いっぱいかいていきたいので、青二才の歌を作って下さい、とお願いしました」(芥川)
「歌い始めたときのときめきを忘れないでいつまでも歌っていきたいです」(白鳥)
 彼らが現役で元気に活動していること自体が、同世代にとってはメッセージなのです。トワ・エ・モワが元気なら私もまだ頑張れるはずだ、そう思っている人はたくさんいることでしょう。
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category: 俺が言う!

2011/10/03 Mon. 19:22 [edit]   TB: -- | CM: --

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