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恵莉花の“心の目”から生まれた「この花が咲いたら~いのちの種~」は復興のための“歌の力”になるに違いない! 

 被災地の現場に行ってこそ見えるものがある、ということをいやというほど思い知らされました。正直に言って、行くまではわかったような気分でいました。なぜならば、テレビの映像を繰り返し見ていたので、被災地の現状がわかっているような錯覚に陥ってしまっていたのです。
 大きな間違いでした。私が繰り返し目にしていた光景は、カメラ・フレームという枠に切り取られた一部分でしかなかったのです。映像で何度も見た現場に立ったとき、そこには紛れもない見慣れた光景がありました。しかし、カメラ・フレームには映っていない別の光景が現実には見えてしまうのです。フレームからはずれた光景を目にしたとき、言葉は何も出ませんでした。言葉で表現しようと思っても、何も浮かんできません。物書きを生業として40年間、こんなことは一度もありませんでした。
 被災地に立った私は、この目で見、この耳で聞き、この鼻でかぎ、そして心で感じることを、ただ待っているだけでした。確かに映像はリアルです。正確に事実を伝える力を持っています。しかし、だからと言って、それだけが全てではありません。映像は事実は伝えますが、その現場の臭いとか、風の流れ、人々の体温までをも伝えることはできません。だからこそ、“心の目”が必要なのです。“心の目”こそがカメラ・レンズでは見えない、事実ではなく“真実”を見抜くことができるのです。被災地という現場に立ち、自分の目で見、耳で聞き、鼻でかぎ、そして心で感じたことを素直に表現すること。ひとりひとりのそんな“想い”が今こそ必要とされています。そんな“想い”を発見する手助けとなるのが、恵莉花の「この花が咲いたら~いのちの種~」です。
 このオリジナル曲「この花が咲いたら」はbrats on B(ブラッツ・オン・ビー)という4人組によって、1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災の復興を願って作られました。「この花が咲いたら さあ摘みに行こう 瓦礫の中にさえ きっと咲くから」というサビのフレーズに強いメッセージがあって、当時たくさんの人たちの共感を得ました。恵莉花は、東日本大震災にあたって、この歌に共感し、彼女ならではの“リバーシブル・カバー”に挑戦することにしました。リバーシブル・カバーとは、オリジナル曲を尊重しながらも、自分の想いをより正確に伝えるために、自分の言葉に直して歌う、という彼女が編み出したニュー・ジャンルです。
 この歌を胸に大切にひめて、彼女は被災地の現場に立ちました。その現場で、彼女が見て、聞いて、嗅いで、そして心で感じたことが詩に凝縮されています。「心に植えた種 芽生え始めている 希望の光に包まれて 実のなる花になれ」という彼女のメッセージが、「瓦礫の中にさえ きっと咲くから」というブラッツ・オン・ビーのメッセージと重ね合わさったとき、化学反応が起きて「この花が咲いたら~いのちの種~」は新しい命を持った歌となったのです。“心の目”から生まれたこの歌が必ずや被災地の人々にとって、瓦礫の中にきっと咲くはずの花の“いのちの種”になる、と私は確信しています。

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category: 俺が言う!

2011/10/12 Wed. 10:34 [edit]   TB: -- | CM: --

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