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若者たちよ。Metisを知っているか?「人間失格」を聴け! 

 あるひとつの時代が新しい歌を生み、ひとりのスターを生み出していく。歌はその時代を生きる若者の“バイブル”となり、歌い手は“教祖”となるのです。
 かつて〈怒れる若者の季節〉と呼ばれる時代がありました。1960年代後半から70年にかけて、ベトナム反戦、学園紛争、安保反対闘争の嵐が全国を吹き荒れた時代です。“フォークの神様”と異名を取る岡林信康――彼が歌う「友よ」が生まれたのは、この季節の中からでした。若き闘士たちは昨日まで歌っていた革命歌「インターナショナル」を捨て、デモや集会で「友よ」を大合唱しました。闘いに疲れきった若者たちは夕やみの中で、憑かれたようにこの歌を口ずさみました。夜明けは近い、と。なぜ口ずさんだのか? 私を含めて当時の若者たちが潜在下で感じていることを岡林が歌で代弁していたので、どうするのか? 自分自身に問うたとき、私たちは岡林そのものになってしまったからです。つまり、岡林は私たちの分身だったのです。
 時は流れて、それから13年程が経ったとき、尾崎豊が83年12月1日にシングル「15の夜」、アルバム「17歳の地図」でデビューを果たしました。彼は17歳なりに感じる世の中に対する反発、不安……などを自分の言葉で正確に表現していました。デビュー・アルバムを聴いたとき、尾崎は彼の世代の“代弁者”であり“英雄”になるはずだ、とそのとき確信しました。なぜならば、尾崎は自分の求めるものを、また生き方を真摯に追求したからこそ、学校という枠の中からはみ出さざるをえなかったのです。“高校中退”という“烙印”を持つ尾崎を「あいつは不良だから」と片づけることは易しい。しかし、彼のメッセージは若者たち自身の心情でもあるのです。だから、そのメッセージを受け取めて、どうするのか?と自分自身に問うたとき、若者たちは尾崎豊そのものになってしまうのです。だからこそ、尾崎は、枠から飛び出したくてもできない若者たちの“あらまほしき理想像”、つまり〈教祖〉となったのです。基本的に〈英雄〉、〈教祖〉とはそういうものなのです。
 そんな観点で今をながめてみると、〈教祖〉になれる資質を持っているのは「人間失格」という“すごい歌”を歌っているMetisです。彼女の歌は彼女の人生そのものです。母子家庭に育った彼女は、16歳の時に、母のガンの手術の日、病院に立ち会うどころか、悪い友だちと遊びに出かけたまま2週間も遊びぼうけていました。世に言う“不良”でした。
 「病院に行くと、母は寝たきりで、酸素マスクをして目もあけられない状態でした。その時、母を助けて支えられるのは私しかいないと思いました。で、私にできることはと考えたときに、歌しかないと確信したんです」(Metis)
 それ以降、彼女は自分の求めるものを愚直なまでに追求して歌にしてきました。そして今、彼女は自分の心の闇の中に眠っている本音にたどりつき、それを歌にすることができたのです。それが「涙を忘れていませんか? 大事なことから逃げてませんか?自分に嘘をついてませんか?」というサビのフレーズです。このメッセージは聴き手の心情でもあるのです。だから、このメッセージを受け止めてどうするのか?と自分自身に問いかけたとき、聴き手はMetisそのものになってしまうのです。つまり、「人間失格」こそ、今の若者たちの心情を代弁しているのです。成人式の朝日新聞朝刊の社説に「尾崎豊を知っているか」という見出しで、若者たちにエールを送っていましたが、私なら「Metisの『人間失格』を聴け!」というエールを送ります。若者たちはMetisそのものだからです。
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category: 俺が言う!

2012/02/01 Wed. 13:52 [edit]   TB: -- | CM: --

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