09« 2017 / 10 »11
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.

時代は今、大人のラブソング〈熟恋歌〉を必要としている。石井聖子の“歌謡バラード”の出番である。 

 数多いラブソングの中で特に成熟した大人同士の濃密な愛を描いたラブソングを“熟恋歌”と私は呼んでいます。
 熟恋歌の代表曲は秋元順子の「愛のままで…」で、大人のリアルな愛を歌っています。自分にとっての幸福は他人と比べるのではなくて、糸をひくようなキスをするという現実にあるという貪欲さ。このリアリティーに及び腰の現実生活を送っている私たちは衝撃を受け、瞬時にしてハートを鷲づかみされてしまったのです。言うならば大人の愛とは許されないからこそ禁断の蜜の味がするということでしょう。
 この歌を歌って秋元が実感したことがある、と言います。
「私たちの年代、団塊の世代を中心に、7、8歳くらい若い方から、上はとめどなく上の方たちまで、みなさんが思っているものを私が代弁して歌ってるって思ったの。年代によってピンとくるフレーズも違うんです。『誰かと比べる幸せなんて』というところは、30代、40代の方がとてもお好きなんですって。だって結婚するときってもう本当にこの人しか見えなくなって、なんて幸せなんだろうって思ってますよね。ところが、3年、5年、7年と経つと、なんとも隣の芝生が青く見えると。でも私たち団塊の世代はもうそれを卒業しました。今出会えたこの奇跡は、本当にあなたと最後まで、死ぬまで、この愛がずっと続く、続いて最後まで一緒にいたいわ、とそういう思いです」
 この歌にめぐり逢い、そして大ヒットしたことによって、彼女の中で何かが大きく変わった、と言います。
 「私自身が優しくなれたってことでしょうかね。本当にこの歌のおかげだと思います」
 若い恋愛が願望とするならば大人の愛はジェラシー。どんなに愛し合っても、私はあなたになれないし、あなたは私にはなれない。だから愛すればジェラシーを感じてしまうのです。そんなジェラシーを埋めるためには、哀しいくらいひたむきに愛を紡ぐしかない。離れたくないから時を越えて悲しみまでも共有してしまうのです。そんな大人の愛を表現している素晴らしいラブソングが石井聖子の「この…駅で」「恋はまぼろし~Te amo~」です。
 一度動き始めた官能は理性では止められません。止められないからこそ大人の愛は怖いのです。「この…駅で」で石井聖子は“あなたでなくちゃ 愛せない 他人の人には 飛び込めない”と歌う。ここに理性はない。理性がないからこそ本能におもむくままの貪欲さがリアリティーをかもし出しているのです。このリアリティーに衝撃を受け、私たちは瞬時にしてハートを鷲づかみにされてしまうのです。同様に「恋はまぼろし~Te amo~」で彼女は“恋はするものではなく 恋は恋は 落ちるもの”と歌う。理性で止められるなら大人の愛とは言えない。理性ではどうにもならないからこそ、愛はまさに不条理なのです。「落ちていく」としか言えない理性を超えた愛の世界。幾多の恋愛を経験して大人の愛を実践してきた者にしか描けないし、表現できない成熟した大人の情熱的で官能的なラブソング。石井聖子の「恋はまぼろし~Te amo~」はまさに究極の〈熟恋歌〉です。時代は今、大人のラブソング〈熟恋歌〉を必要としています。石井聖子の〈歌謡バラード〉の出番です。
スポンサーサイト

category: 俺が言う!

2012/04/14 Sat. 16:14 [edit]   TB: -- | CM: --

go page top