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震災後、言葉を失くしてしまった山崎ハコが再び言葉を取り戻すまでの葛藤とは? 

 去年3月11日の東日本大震災の時、山崎ハコは群馬県前橋市にいた、と言います。
「次の日がライブだったんです。それで前の日に入って地震の10分前にホテルに着いてエレベーターに乗る手前でした」
 彼女は震災以降、ライブでは一番最初に歌うはずの「望郷」を歌うのをやめてしまいました。これは30数年間歌い続けている歌で故郷を出て来たという内容ですが、「あの家はもうないのに」という最後のフレーズがどうしても歌えなくなってしまったのです。
 加えて彼女は被災地に行き、現状を目のあたりにすると、詞がいっさい出なくなってしまった、とも言います。
 「本当の衝撃が襲ってきたのは実際に見てからです。詞がいっさい出なくなりました。書けない。書く言葉がないんです。もう、詞が負けてるからね。現実の方がすごいわけで、言葉をなくしてしまいました」
 シンガー・ソングライター廃業の危機と言っていいかもしれません。詞が書けない彼女は“山崎ハコ”というアーティストではありません。そんな彼女を救ってくれたのが俳優の原田芳雄の言葉でした。
 「ハコの歌は縁歌(えんか)だな。縁(えにし)を感じるから。えにしの“縁”だぞ」
 これは6年前に原田がハコに言った言葉で、それ以来、彼女の胸の中に〈縁(えにし)〉という言葉がずっと残っていました。原田が亡くなったとき、この言葉が詞が書けないで悩んでいた彼女の背中をポンとあと押ししてくれたのです。曲作りのために山形に山籠もりしていたときに、明日帰るというその前日に詞がふっと湧いてきた、と言います。
 「ダメだ、ダメだ。私は詞も書けないシンガー・ソングライターでもうダメだ、とか思っていました。だから『縁(えにし)』ができたことで次に歩けたのですね。よく言うこれが壁ですかね」
 震災を境に彼女は言葉をなくしてしまいましたが、そんな状況を乗り越えて一歩前に進むことができたのです。そんな中から生まれてきた“出会いも別れも再び会うのも 縁なんだよ”“もうこわくない いつか会えるから だから人と生きてみるよ 縁のまま”というフレーズは人を元気づけ勇気づけるパワーを持っているのでしょう。そんなパワーが凝縮されているニュー・アルバム『縁―えにし―』はまさに“縁歌”です。
 このアルバムのラストに「あなたの声」という歌が入っています。NHKラジオの深夜便のうたですが、ハコはこの歌を歌うときは歌詞をかえて歌った、と言います。
 「時が戻ればやり直せるけど 選んだ道を愛してゆきましょう、と最後の方で歌うところがあるんですが、震災は誰も選んでないよって、やっぱり思ってしまって、そこだけかえて歌いました。今の自分を愛していきましょうって・・・」
 ハコにとって言葉はそれほど重いものなのです。ましてやシンガー・ソングライターにとって、言葉は命そのものなのです。詞が書けないということは“命”を失くしたと同じこと。そこを切り抜けることができたハコはひとまわり成長したに違いない。そのことをアルバム『縁―えにし―』を聴いて実感して欲しいものです。
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2012/04/23 Mon. 10:36 [edit]   TB: -- | CM: --

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