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時代は今、Hilcrhymeの「想送歌」のような“文芸ラップ・ラブレクイエム”を必要としています! 

 2011年3月11日の東日本大震災以降、“死”が大きなテーマとなっています。必然的に歌の究極のテーマは“死”と言っていいでしょう。
 死と音楽は昔から密接な関係にあります。死者の霊を天国に導くために、残された者の心を癒すための葬送曲(レクイエム)。そんなレクイエムは14世紀に基本的な形式が確立されました。18世紀になると管弦楽を伴う作品が多く書かれ始めました。日本でも太古より死は歌のテーマとして扱われてきました。万葉集の中には亡くなった人を追悼する“挽歌”が263首もあり、これは万葉集全体の5.8パーセントにあたるほどです。
 しかし、死をテーマにした現在の歌はレクイエムとは違います。万葉集の“死の歌”は親しい人の死の心の痛みをやわらげるためのものであったのに対して、現在の“死の歌”は、愛しい人や大切な人との別れの場合がほとんどです。愛しい人や大切な人の死というのはかけがえのない“愛”を失うこと。それは想像を絶するほど悲しく、苦しいことです。愛とか幸せは、あるときには気づかないもので、失ってはじめてそのかけがえのなさに気づかされるものです。そして愛しい人や大切な人と過ごした幸せな日々を振り返って精算する。この苦難を乗り越えてはじめて“死”を現実のものとして受け入れ、次のステップに進むことができるのです。愛しい人や大切な人の死によって、残された者の心の中で起こるドラマティックな変化。このドラマティックさゆえに“死”が歌の“究極のテーマ”となるのです。
 Hilcrhymeの「想送歌」はまさに”死”をテーマにした究極のラブソングです。人は死を迎えたとき、愛しい人や大切な人に何を伝えたいのか、また、残したいのか?そんな自分の“想い”を何に託すのか?形見として形の見える物として残すのか否か、それは人それぞれですが、ただひとつ共通していることは〈想いを残すこと〉で、残す方法が違うのです。ある人は“言葉”として文章で残す人もいるでしょうし、Hilcrhymeは「想送歌」という“音楽”で残しました。では、あなたは“あなたの想い”を何で残すのか?「想送歌」を聴いていると、そんなメッセージが飛んできて、こちらの心がドラマティックに動き出すのです。その意味では、「想送歌」は聴き手の心に浸透してきて“波紋”を起こす文芸度のきわめて高い純文学作品のようです。Hilcrhymeが生み出した〈文芸ラップ〉はさらに進化して、「想送歌」で〈文芸ラップ・ラブレクイエム〉に昇華したようです。
 東日本大震災以降、時代が必要としているのは「想送歌」のような〈文芸ラップ・ラブレクイエム〉です。 それにしても「想送歌」はリスナーのハートにじわじわと浸透してきて、いつのまにかリスナーのハートを鷲づかみにしてしまう不思議な魅力を持っています。おそらくそれは彼らの“想い”が熱いこと、そしてその熱い想いを冷まさないで歌に託してリスナーに届けているからでしょう。わかり易い中にも“真理”を鋭くついた詞、心にしみて、なおかつ残る美しいメロディー、そしてそれらを消化してたくさんの人たちにストレートに伝えることのできるボーカル。すべてにおいて傑出していて、だからこそ、Hilcrhymeの紡ぎ出す独特の世界はたくさんの人たちに支持されるのでしょう。「春夏秋冬」で独自の“文芸ラップ”を創造した彼らの新境地を切り開いた「想送歌」を私は高く評価したいと思います。

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category: 俺が言う!

2013/01/21 Mon. 16:41 [edit]   TB: -- | CM: --

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