09« 2017 / 10 »11
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

--/--/-- --. --:-- [edit]   TB: -- | CM: --

go page top

“史上最強”の作詞家・阿久悠さんは、“時代のマニフェスト”を描き続けた詩人です! 

 阿久悠さんが亡くなりました。
 阿久悠さんは、実績において“史上最強”の作詞家だった、と言っていいでしょう。歴代作詞家のシングル売り上げ枚数はダントツの1位で実に6818万枚です。ちなみに2位は松本隆で4946万3000枚、3位が小室哲哉で4126万7000枚です(※オリコン調べ)。他にもナンバーワン・ヒット獲得回数22曲、レコード大賞受賞5回など音楽界の“数字”は何をとっても阿久さんが“1番”です。それが、“史上最強”の所以です。
 では、なぜ阿久さんの詞がこれほどまでにたくさんの人々から支持を受けたのでしょうか。私はこんなふうに考えています。
 阿久さんは“時代のマニフェスト”を描き続けた詩人です。常に時代の先取りをして、こうあって欲しい、こうあるべきだという理想形を“メッセージ”として送り続けたのです。だからこそ、阿久さんの詞には私たちを触発する“何か”があったのです。阿久さんの詞に私が初めて反応したのは、1971年に大ヒットした尾崎紀世彦の「また逢う日まで」でした。正直言って、この歌で阿久さんはまったく新しい価値観を提唱しました。
 この歌は男と女の別れをテーマにしていましたが、それまでの“別れの歌”は、男が女を捨てて行くという暗いイメージでした。つまり、悪い男がいて、未練たらたらの女がいる、という演歌の定番でした。ところが、阿久さんはそんな暗いイメージを見事なまでに突き破ったのです。別れにあたっては、どちらか一方が悪いのではない。男も女も対等に話し合いをして別れを決めて、それぞれが納得をして、お互いが前向きに新しい明日に向かって旅立っていくもの、というまったく新しい価値観を阿久さんは提唱したのです。その意味では、別れをネガティブなものからポジティブなものに百八十度イメージを変えたのです。当時20歳の私は「また逢う日まで」を口ずさみながら、自分自身の別れをポジティブに乗り切ったものです。その点においては、「ふたりでドアをしめて ふたりで名前消して……」という言葉には時代を変える鋭いメッセージがあったのです。
「また逢う日まで」ばかりではありません。「北の宿から/都はるみ」「勝手にしやがれ/沢田研二」「UFO/ピンク・レディー」などにも、時代的にも新しいメッセージがこめられていました。いずれにしても、阿久さんの詞には時代の先端のメッセージを乗せたものが多いのです。紛れもなく、阿久さんの詞には“メッセージ”がありました。そして、そのメッセージが、これからの時代の中ではこうあるべきだという“理想形”が提唱されていたからこそ、阿久さんの詞は“時代のマニフェスト”としてたくさんの人たちに支持されたのでしょう。
 駆け出しライター時代の20歳の私は、「また逢う日まで」が大ヒットしているさなか阿久さんにコメントをいただくためにインタビューに行きました。確か日本テレビ内の喫茶店でした。びびっている私に親切に答えてくださり、コーヒーまでごちそうしていただきました。すごくうれしかったし、感激しました。そのときの感動を覚えているからこそ、私は人に接することの大切さを身につけることができたのです。阿久悠さんが書かれた歌を継承していくのが私の使命だと肝に銘じています。合掌!
スポンサーサイト

category: 俺が言う!

2007/08/07 Tue. 10:48 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

コメント

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tomisawaissei.blog72.fc2.com/tb.php/33-ecff415c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。