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“ロールモデル”として時代を駆け抜けた〈最強の女性作詞家〉安井かずみの評伝「安井かずみがいた時代」は〈時代のバイブル〉です! 

 評伝は難しい。どんなに取材をこまめにこなし情報を集めて客観的に書こうと思っても、主観が入ってしまうからです。なぜならば、情報を整理、分析して取捨選択するときに、著者にとっての〈あらまほしき理想像〉が働いてしまうからです。その結果、著者が思う人物像ができあがってしまうというわけです。そのことは今までに書いた2册の評伝「松山千春・さすらいの青春」「さだまさし・終りなき夢」で私は痛いほど身にしみています。
 そんな懸念を抱きながら島崎今日子著「安井かずみがいた時代」(集英社刊)を読んでみました。安井かずみは音楽史に残る作詞家です。いや、時代の“ロールモデル”(こんなふうに生きたいと思わせる対象)でした。安井は文化学院在学中の1961年に「みナみカズみ」のペンネームで訳詞家としてデビュー。「ドナドナ」などの名曲を手がけた後に作詞家に転向して、65年に「おしゃべりな真珠」(伊藤ゆかり)で〈第7回日本レコード大賞作詞賞〉を受賞し、一気にブレイクしました。その後は“日本一若い女性作詞家”として、「恋のしずく」(伊藤ゆかり)「赤い風船」(浅田美代子)「シー・シー・シー」(ザ・タイガース)「危険なふたり」(沢田研二)「私の城下町」(小柳ルミ子)「よろしく哀愁」(郷ひろみ)など誰でも知っている名曲を生み出し“時代の寵児”となりました。

 そんな彼女の転機となったのが、77年、加藤和彦との結婚でした。これを機に安井は加藤のためだけに作詞をするようになり、生活の重点が〈ワーク〉から〈ライフ〉へと移行しました。著者は〈夕食は二人で摂り、日曜日は二人で過ごし、冬と夏は二人で長い休暇を愉しむ―加藤と生きることを選んだ時から、安井にとって彼といることがすべてに優先されていき(略)〉と書く。なぜか?という疑問が湧いてきます。そして94年3月17日に安井は1年間の闘病生活を経て肺ガンのために永眠。「寂しいけれど悲しくはない」と加藤。なぜか?
 安井の一周忌を待たずに加藤は中丸三千繪と結婚。「安井とのことは完結しました」と記者会見で加藤。なぜか?さらに安井が逝って15年半後の09年10月16日に「ただ消えたいだけ」という言葉を残して、加藤は自ら命を断ってしまう。なぜか?
 このように安井の人生には〈なぜか?〉という疑問が次々と湧いてきます。この疑問をノンフィクション・ライターの著者は見事な手法で解き明かします。コシノジュンコ、ムッシュかまやつ、吉田拓郎、加瀬邦彦、林真理子、大宅映子など26人の関係者を取材して、1人づつ証言者として立てることによって、私たちは”裁判員”のようにその証言を読んだうえで、自分なりの〈安井かずみ像〉をイメージすることができるのです。つまり答えはそれぞれが出すということです。著者は、この新しい手法を使って見事な評伝を書きあげたのです。「安井かずみがいた時代」、ぜひ推薦したい一册です。
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category: 俺が言う!

2013/05/10 Fri. 10:14 [edit]   TB: -- | CM: --

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