05« 2017 / 06 »07
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.

「千の風になって」「この街で」に続く新井満の“衝撃作”森進一の「富士山」は究極の“人生応援歌”です! 

 「富士山」が世界文化遺産に登録されて巷は“富士山ブーム”に沸いています。「富士山、よかったね」という日本人の熱い想いが結実した結果でしょう。そんな折に森進一が「富士山」という新曲を出したものだから、ブームに乗った便剰企画かと思われがちですが、そんなことは決してありません。そもそもこの歌が作られたのは十年ほど前のことで、名曲「千の風になって」の作者である芥川賞作家・新井満氏の手によるもの。しかし、「作ろうとしてもなかなか上手くはいかなかった」と新井氏は言う。
 「当初は富士山の美しさと雄大さをオマージュしようと考えました。すると富士山は『陳腐だねぇ、月並みだねぇ』と言わんばかりに知らん顔して遠くへ行ってしまったんです」
 そこで新井氏は作詞の方針を百八十度変えることにしました。
「富士山を誉めるのではなく、逆に富士山から誉めてもらうことにしたんです」
 春、夏、秋、冬の四季折々の富士山の姿を“人生”に織り込むことで、富士山の四季に人生の四季が重なった、究極の“人生応援歌”が生まれたのです。
 新井氏の名曲を“人生の哀飮”を歌わせたら当代随一の歌手・森進一が歌うことによって“生命”が吹き込まれたのです。富士山は日本人にとっては故郷であり、父、母でもある。そんな富士山だからこそ「『よくやったね』と微笑んで 春を夢見る 富士の山」というフレーズは心のひだにしみるのです。

 それにしても新井満さんは“いい歌”を作ります。「千の風になって」といい「この街で」といい、心にじわじわと沁みこんできて、いつのまにかリスナーの心を鷲づかみにしてしまう素晴らしい歌を…。そうできるのは、新井氏の歌作りが、いわゆる発注によるものではなく、必然性によって歌が生まれてくるからです。 
 たとえば秋川雅史が歌ってミリオンセラーになった「千の風になって」は、新井氏が2001年に私家盤として30枚だけプレスしたものでした。新井氏の郷里の親友の奥さんの忍ぶ会用に新井氏の想いを託したものでした。それが“いい歌”ということで新垣勉、秋川雅史などにカバーされて自然と盛り上がっていったのです。 
 また、トワ・エ・モワが歌って注目された「この街で」は松山市で自然と生まれたのです。2005年3月3日、松山市で開催された日本ペンクラブ主催の「平和の日・松山の集い」にゲストで招かれた新井氏は、本番前に表敬訪問した松山市役所で「恋し、結婚し、母になったこの街で、おばあちゃんになりたい!」というコピーを見つけました。「シンプルだけど心の深いところまで届いてくると感動した」新井さんは、このコピーをふくらませて即興的に作ったのです。そしてまず新井氏の私家盤が作られ松山市で千枚限定で発売されると反応は高まるばかりです。加えて城之内早苗with布施明、フォー・セインツ、仲本工事と三代純歌などがカバー盤を相次いで出し、そして満を持してトワ・エ・モワの本命盤がリリースされたのです。このように、新井氏の作る歌には生まれてくる必然性があるのです。だからこそ、〈時代の歌〉になりえるのだ、と私は確信しています。
スポンサーサイト

category: 俺が言う!

2013/11/25 Mon. 11:13 [edit]   TB: -- | CM: --

go page top