森進一の“おふくろさん騒動”というのがありました。森がヒット曲の「おふくろさん」を歌うときに、前ふりとして台詞を入れてから、歌っていることに対して、恩師であり、この曲の作詞家である川内康範さんが「勝手に台詞をつけて歌うな」と異議を申し立てた、あの騒動です。このとき私はマスコミにコメントを求められて「なぜ森進一は事前に川内さんに会って了解を取っておかなかったのだろうか? 師弟という仲だから、はじめにきちんと挨拶さえしておけば、川内さんもあんなに激怒することはなかったのではないか」という主旨の話をしました。
あのときは他人事でしたが、それはやがて自分にも火の粉は降りかかってくるのです。同じようなケースがやってきたとき、ポイントは他人事だったことを、自分に置き換えて考えられるか?ということです。つまり、他人事だったことを“学習効果”にできるかどうか、ということが大切なのです。
『青春のバイブル』という私が書いた単行本があります。フォーク&ニューミュージックの名曲287曲をエピソードを交えて紹介したものですが、これを今、曲数を増やして新しい単行本にしようという動きがあります。既存曲287曲に書き下ろしを何十曲か付け加えて完全本を作ろうと考えています。そんな企画が正式に決まりました。これはこれでうれしいことですが、私には気がかりなことがふたつありました。ひとつは「青春のバイブル」の版元に対する礼儀です。数年前に絶版になっているとはいえ、同じ内容の本が出るわけですから、ここはその旨を伝えて挨拶をしておかなければなりません。著作権は著者である私にあるとはいえ、黙って出版してしまったら、それこそ「何で一言言ってくれなかったのか」と言われてもしかたがありません。そこで私はきちんと筋を通して、お話をして快諾をいただきました。
もうひとつは、同じ企画を持ち込んだものの、前向きのまま保留になっている出版社にも話をしなければならないということです。企画そのものにはのってもらったものの、社内の事情でペンディングになってしまっています。そんな事情がわかるだけに待ってはみたものの、こちらにも発表したいタイミングというのがあるので、これ以上は結論を待てない、ということで他社で決めてしまいました。いたしかたないとはいえ、こちらも筋として、その辺の経過を話して承諾してもらいました。こうして、私はなんとかふたつの懸念を払拭できたというわけですが、つくづく感じることは“おふくろさん騒動”が勉強になっている、ということです。
あの“おふくろさん騒動”がなかったら、ひょっとしたら私も義理を欠いてしまったかもしれません。そうなると新刊本ができあがったときに、クレームがついて大変なことになっているかもしれません。そんなことを考えると「人のふり見て我がふり直せ」ではありませんが、他人の騒動から、学習効果を得ることです。これができるか、どうか、で人生は決まる、と言っても過言ではないでしょう。