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ブレッド&バターの“応援歌”を時代のBGMにして自分の人生を振り返ってみることも必要です! 

 45年前、ブレット&バターはデビューしました。同時期またはそれよりも遅くデビューしたグループは、赤い鳥、かぐや姫、アリス、オフコース、グレープなど、そのほとんどは解散してしまっています。しかし、ブレッド&バターは今もなお息の長い活動を続けています。
 1969年10月、デビュー。このとき彼らは「傷だらけの軽井沢」という曲を歌っていました。彼らのオリジナル曲ではありませんでしたが、当時の売れっ子作詞家、作曲家の手によるもので売り方さえ徹底すれば売れるチャンスはありました。しかし――。
「でも、無理矢理売り出されたって感じで……。日本版サイモン&ガーファンクルって雰囲気でね」(岩沢幸矢)
 73年にはアルバム「イメージ」を発売しました。このアルバムでは、よりファンキーでにぎやかな音楽を打ち出しました。ところが、時代はかぐや姫、井上陽水といった叙情派フォークや四畳半フォークが受けていたので、彼らは浮いた存在でした。
「好きなことをやっている」という満足感はありました。だが、それすらもあきらめざるをえない“事件”が76年に起こったのです。それがユーミンこと荒井由実のデビューだったのです。
「ユーミンの詞を聴いてびっくりしたんです。あの当時、『神田川』が受けていた。でも、それは大した問題ではなかった。やってるモノが違ってたから。でもユーミンは僕らと同じポップス。それでいて詞のレベルがものすごく上をいっていた」(幸矢)
 アメリカに渡り、そしてこれまでに培ってきた自分たちの感覚、表現力、最先端の音楽をやっているんだという自信。すべてが色あせて見えた。たったひとりの女の子の出現で……。このショックは大きいものでした。
 ブレッド&バターはここで一度引退します。湘南に引っ込み、ライブ・コーヒーハウスの経営を始めました。もう音楽をやり続ける意欲も消えて……。ガレージを改造して作ったライブハウスでは、昼間からビールを飲み、商売はそっちのけ。「茅ヶ崎にいい場所を作ろう」。そんなノリだけで毎日を過ごしていました。
 だが、音楽を捨てることはあきらめきれない。4年経って、彼らはもう一度音楽をやることを決意しました。
 こうして、彼らは79年に再デビューを果たしました。だが、甘かったのです。アルバムを作るのにプロデューサーを立ててみたものの、「好きなことをやる」ということが裏目に出ました。ツッパリすぎるあまり、プロデューサーとケンカもしました。が、彼の粘り強い説得によって信頼関係が生まれ、アルバムとしては商業的に初めて成功しました。その後、今度は自分たちでプロデュースも試みました。「兄弟がお互いに頼り過ぎちゃって」(二弓)。そして、また破綻。
 そんな挫折を繰り返しながら、それでも音楽を続けてきた彼らが45周年を迎えました。競馬に例えるならば、彼らの音楽人生は第3コーナーをまわって直線コースに入って、いよいよ“ゴール”が見えてきたあたり、と言っていいでしょう。最後の力を振りしぼってどうゴールインするのか? それがブレッド&バターの人生であり、また同世代を生きて来た私たちの“ゴール”でもあるのです。人生の“伴走者”ともいうべきブレッド&バターと共に歩んだ青春を、彼らの“応援歌”を時代のBGMにして振り返ってみることが今必要なことではないでしょうか。その意味では、デビュー45周年記念の4枚組アルバム『幸矢と二弓 Essential B&B』はまさにブレッド&バターが残した〈音楽文化遺産〉です。このアルバムを聴きながら、自分の人生を考える時間を持って欲しいものです。
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category: 俺が言う!

2014/08/01 Fri. 14:15 [edit]   TB: -- | CM: --

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