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南こうせつ「ぼくの生き方そのものがメッセージだと思う」 

 高度成長の翳りが見えた時代。若者たちはそれまでの学生運動に疲れきり目標を失っていました。そんな不透明に沈んだ空気の中で、南こうせつ率いるフォーク・グループ“かぐや姫”の「神田川」は生まれました。1973年の晩秋のことです。そして空前の大ヒット、百万枚を売りつくしました。
 誰もが思い出す、あるいは誰もが思い浮かべる心象風景を描いて、「神田川」は“同棲”という言葉を日常に溶け込ませ、時代を“優しさ”で染め上げました。“優しさ”はひとつの風俗となりました。“優しさの時代”“優しさの世代”――こうせつの歌は“四畳半フォーク”と呼ばれ、叙情派フォークのスターにのしあがりました。
 しかし、そのレッテルの陰で、こうせつはしたたかに生きていたのです。
 「有名になりたかった。金も欲しい。女も欲しい。そう思って突っ走ってきた」
 75年、絶頂期ともいえた“かぐや姫”を解散したこうせつは、ソロ・シンガーとしても成功。76年に行なった2回の武道館コンサートは、ソロ活動に入ったこうせつの大きな賭けでしたが、会場を埋めつくした聴衆がその人気の根強さを証明しました。
 「売れる歌を追っかけてたんですよ。アメリカのヒット・チャートや日本で流行る歌もいつも気にして参考にしていた。結局、自分に自信がなかったんじゃないかな。とにかく、そういう空しさはやめよう、と決めた」
 こうせつにこのような転換を促したのは、75年の河口湖畔への転居のようです。デビュー当時“四畳半フォーク”そのままだったこうせつも、富士山麓の別荘地住いから82年には故郷、大分県の国東半島へ。売れることによって得た大自然の環境が、逆に、こうせつを変えたのです。
 こうせつの家の庭には家庭菜園があります。鍬を持って畑を耕していると、自然の中で、こうせつはひとりの人間に戻るといいます。
 「ぼくは歌手の南こうせつだ、なんて言っても、ここではそんなことは通用しません。農家のオバさんはキュウリやトマトを育てるのが上手い。それと同じように、ぼくは歌が上手いただひとりの人間にすぎないんです」
 こうせつは変に気張ることなく自然とそう語ります。そして「今ぼくがやってることが南こうせつなんだと思う」と言います。
 「この年(66歳)になって、全国各地でコンサートをやって、お客さん、たくさん集めて、それで頑張っている。ぼくのそんな生き方そのものがメッセージだと思う。言葉でメッセージするんじゃなくて、生き方でメッセージする。それでいいんじゃないかと思う」
 南こうせつの存在そのものがメッセージなのです。
 6月14日、須坂メセナホール大ホール〈フォーエバーヤング〉でこうせつのメッセージを受け取りましょう。
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category: 俺が言う!

2015/05/15 Fri. 19:02 [edit]   TB: -- | CM: --

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