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元ちとせのアルバム「平和元年」は全12編が反戦を願う〈平和の歌〉! 

 終戦70周年ということで、安部総理談話が発表されたり、映画〈日本のいちばん長い日〉が封切られたりと戦争にまつわることが話題を呼んでいます。そんな中でかやの外に置かれているのが「歌」です。
 今や時代は憲法改正へと向かっています。集団的自衛権の問題もあります。尖閣諸島や竹島、従軍慰安婦問題、さらにはテロとの戦いも抱えています。しかし、それと戦う「歌」がないのです。かつて1970年前後、岡林信康たち関西フォーク勢は、ベトナム反戦、学園紛争、安保反対闘争の嵐が全国を吹き荒れる中で「今、歌わなければならないこと」をメッセージに託して歌いました。若者たちの政治や社会に対する強い反発や熱い思いが“反戦歌”を生んだのです。
 しかし、それから45年が経ち平和を願う「戦う歌」がなくなってしまったようです。いかがなものか?と思っている矢先に、「ワダツミの木」というナンバーワン・ヒット曲で知られる元ちとせの「平和元年」というアルバムを聴きました。選曲を見てびっくりしました。ベトナム戦争真最中の1967年にピート・シーガーが発表した「腰まで泥まみれ」、第2次世界大戦中に兵士たちの間で歌われた「リリー・マルレーン」、トルコの詩人・ナジム・ヒクメットが広島の惨状、東京大空襲による焼け跡を見て書きあげた「死んだ女の子」など12編が反戦を願う「平和の歌」なのです。戦争を知らない世代の元ちとせ(36歳)がこのアルバムに込めた思いは何か?2人の子供の母であり、故郷・奄美大島に生活拠点をおき独自のスタンスで活動を続ける彼女はこう語ります。
 「戦後60年が経った2005年、過去に戦争があったことを風化させないためと思い、坂本龍一さんとのコラボレーション曲『死んだ女の子』を発表しました。戦後70年を迎える今年、『平和を祈る思い』『忘れない、繰り返さないという願い』をシンガーとして歌い継ぎ、母として残していければと思いレコーディングに臨みました。このアルバム『平和元年』が平和を思うきっかけになってくれればと思っています」
 音楽は音楽であって、実は音楽ではない――という時代がありました。もう40年以上も前のことです。当時フォークは音楽であって、実は(既成の意味での)音楽ではなかったのです。これはどういうことかと言いますと、スタイルはあくまで音楽ですが、それを超えてしまう「何か」があったということです。換言すれば、音楽は己れの自己表現の一手段だったということです。
 かつて、フォークの時代は、歌とはそういうものでした。歌にアーティストの生きざまそのものが反映され、聴き手である私たちは歌を聴いてアーティストの「生きざま」に共感を覚えたのです。ところが、年月が流れ、歌そのものが変わってしまったように思えてなりません。いや、アーティストも聴き手も、歌に対する考え方が変わってしまったという方が適切でしょう。歌のスタイルはかつてのフォーク一辺倒の時代からロック、ポップス、ヒップホップ……などと多様化しましたが、そんななかで音楽は―― 一口で言うなら「たかが音楽」に成り下がってしまった、と私は考え込んでしまいます。いくら音楽性があったとしても、内容の希薄な歌が本当に歌なのか、と。「平和の歌」を歌わなくていいのか、と。いまこそ、J・ポップは「原点」に立ち返るべきです。
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category: 俺が言う!

2015/09/30 Wed. 19:06 [edit]   TB: -- | CM: --

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