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「戦争を知らない子供たち」は終戦後70周年にふさわしい歌による最強のメッセージです! 

 「行って良かった」と思わせるライブがあるからこそ、私はライブ好きなのかもしれません。そんな「行って良かった」ライブを紹介します。
 11月14日(土)、新宿明治安田生命ホールで〈杉田二郎コンサート From My Heart in Tokyo ~僕らは今、歌いたい~〉を見ました。東京では2年ぶりのソロ・コンサートということでしたが素晴らしい内容でした。私は杉田のコンサートはほとんど見ていますが、これほど歌にリアリティーを感じたことはありません。だからこそ、コンサートが終わってからの打ち上げ会場で、杉田に会うなり「素晴らしい歌ですごくいいコンサートでした。なんでこんなに良かったのか?とつい考えてしまいました」と私は開口一番あえて言ったのです。
 内容は1部と2部に分かれていましたが、特に2部が素晴らしかったと思います。休憩の後、1曲目と2曲目が新曲「人生の階段」「望春賦」でした。そして、3曲目がお馴染の「ANAK」で、このあたりから歌がなぜか“骨太”になってきました。そして「白い鳥にのって」「朝陽の前に」「男どうし」と進むにつれてさらに芯が入ってきたのです。歌に命が吹き込まれたというか、歌が生き物のようになって私たちリスナーに襲いかかってくるのです。どうだ、と言わんばかりに、メッセージがビシビシと突き刺さってきました。こんなことはそうあるものではありません。いったいどうしてしまったのでしょうか?その答えはアンコールのときに歌った「戦争を知らない子供たち」を聴いて初めてわかりました。
 「戦争を知らない子供たち」は今、〈通販生活〉のCM曲となってオンエアされています。杉田本人がCMに出演して「戦争を知らない子供たち」を歌っていますが、歌い終えた後にこんなテロップが流れるのを見た人は多いのではないでしょうか?〈この歌をこれからも歌える国でありますように〉。
 安保関連法案が通った後の日本だからこそ、このメッセージがリアリティーを持ってせまってくるのです。もちろん、そんな中で「戦争を知らない子供たち」を歌うということは大きなプレッシャーと言わなければなりません。おそらく杉田はそんなプレッシャーを全て受け止めたうえでこの歌を歌っているのでしょう。だからこそ、歌を歌うときの“覚悟”が違うのです。歌を歌う覚悟を決めた杉田二郎だからこそ、歌のリアリティーが格段に高いのだ、と私は思います。こんな腰のすわった骨太な歌はありません。「戦争を知らない子供たち」は終戦後70周年にふさわしい歌による最強のメッセージです。
 参考のために「戦争を知らない子供たち」の誕生秘話を話しておきましょう。ジローズのデビュー曲は「戦争の知らない子供たち」(71年2月5日発売)ですが「すんなりと決まったわけではなかった」と橋場正敏ディレクターは語ります。
「ほかに2曲ほどシングル候補があったんです。二郎ちゃんとしては、“戦争を知らない子供たち”は大阪万博用に作ったイベントの歌という感覚があったからだと思います」
 日本万国博は70年3月14日から9月13日まで開催されました。この万博のカナダ館でイベントが行われ、そのテーマ・ソングとして作られたのが「戦争を知らない子供たち」でした。作詞は北山修、作曲は杉田二郎で、全日本アマチュア・フォーク・シンガーズが歌いました。
「全日本アマチュア・フォーク・シンガースのライブ・シングルが出されていたこともあって、ちょっと考えたんですが、やはり戦争を知らない子供たちというテーマ性は鋭い、ということで、これをジローズのデビュー曲に決定したんです」(橋場)
 戦争を知らない子供たち、というキャッチ・コピーが戦後生まれを的確に表現していたことで、この歌はたくさんの若者の心をとらえました。またネーミングの素晴らしさが“世代”を見事に表現し、“戦争を知らない子供たち”は歌を超えて社会現象とまでなったことは特筆されます。生まれてから45年が経ってもなお色あせないどころかリアリティーを増やしている「戦争を知らない子供たち」、もう一度じっくり聴いて考えてみる必要がありそうです。
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category: 俺が言う!

2016/01/13 Wed. 17:34 [edit]   TB: -- | CM: --

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