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さだまさしの文学的センスが花開くことになるその“原点”は「檸檬」にあることは確かです。 

さだまさしは今や“小説家”としても一家を成していますが、その原点はどこにあるのでしょうか?
 さだまさしの歌には文学的薫りがあふれているものが多いが、その中でも「檸檬」(1978年8月10日発売)は特筆されます。これは梶井基次郎の小説「檸檬」と同名だということで名高い名曲です。
 さだは日本文学では近代文学が好きで、梶井基次郎、芥川龍之介、横光利一らの短編小説を好んで読んでいました。その辺の事情を川又明博ディレクター(当時)は語ります。
「さだとは不思議なくらい文学的趣味は一致していましたね。ぼくはどっちかというとポピュラーではなくて、渋さを放った人たち。例えば梶井基次郎、福永武彦、広瀬正などが好きなんですが…。特に梶井基次郎ではさだと妙に一致しましたね」
 文学的趣味が一致するところから、さだと川又さんはよく文学論を戦わせました。2人ともまだ若かっただけに徹夜でということも何回かありました。そんな中から生まれてきたのが「檸檬」でした。
 この歌の舞台は東京・御茶ノ水の聖橋(ひじりばし)。主人公は愛し合っている男と女。女が盗んだ檸檬をかじった後で、それを聖橋から投げる、というものですが、そのシーンが実に印象的なのです。“喰べかけの檸檬聖橋から放る 快速電車の赤い色がそれとすれ違う”──このフレーズはあざやかにワン・シーンを描き出していて、きわめて文学的です。川又さんは述懐します。
「この歌ができあがってきて初めて聴いたとき、やはり聖橋から檸檬を放るシーンが印象的でした。正直言って、これは素晴らしいと思ったものです。と同時に、さだの文学的素養を改めて認識しました」
 さだのすごいところは、シーンをあざやかに描き出す表現力に加えて、そこに意味を持たせて歌そのものに“深さ”を持たせることです。
 「檸檬」でもそれは発揮されていて、“喰べかけの檸檬聖橋から放る 快速電車の赤い色がそれとすれ違う”というフレーズに呼応するように“喰べかけの夢を聖橋から放る 各駅停車の檸檬色がそれをかみくだく”というフレーズがあります。“喰べかけの檸檬”と“喰べかけの夢”とを対比させて、そこに“青春”というものをあぶりだしているのです。だからこそ、この歌は今でもさだのコンサートではたくさんの人々の支持を受け、絶対に欠かせないナンバーとなっているのでしょう。
「檸檬」のリリースから既に38年という年月が経とうとしていますが、さだの文学的センスはさらに磨きがかかり、現在では”小説家“としても一家を成しているほどです。「精霊流し」「解夏」、「眉山」はベストセラーになると共に映画化もされて、さだの新しい世界を確立しました。これによって、歌だけではなく、小説家という新しい地平を切り開いたことにより、さだまさしの世界はさらに大きく深くなったと言っていいでしょう。いずれにしても、さだの文学的センスが花開くことになるその“原点”は「檸檬」にあることは確かです。

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2016/06/13 Mon. 11:04 [edit]   TB: -- | CM: --

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