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「あの頃、この歌、甦る最強伝説」は、時代と音楽の切っても切れない関係を紐解くテキストです! 

 私、この度、単行本『あの頃、この歌、甦る最強伝説~歌謡曲vsフォーク&ニューミュージック「昭和」の激闘』(言視舎刊)を上梓しました。
 〈音楽を熱く語る〉ことが私のテーマです。
 1971年、20歳のときに私は音楽評論家としてデビューしました。それ以来47年間、この目で見、この耳で聴き、この心で感じたことを“音楽のスポークスマン”として伝えてきたつもりです。そして本書ではその集大成として、いうならば〈Jポップ・ヒストリー〉を自分の史観に基づいて熱く語りおろすことにチャレンジしてみました。
 1960年頃にアメリカのコンテンポラリー・フォークが日本に入ってきて、それに刺激を受けた大学生を中心とする若者たちがフォークのコピーを始めました。やがて日本語でオリジナル曲を作り、関東では〈カレッジ・フォーク〉が、関西ではメッセージ色の強い〈関西フォーク〉が誕生しました。
 1970年、安保自動延長による敗北感が若者たちをおおい、その結果、政治・社会が悪いと“外”に向かっていた〈目〉が、本当にそうなのか? と自分の内に向かっていき、〈私たちの歌〉から〈私の歌〉が生まれました。〈私たちの歌〉の代表は岡林信康。〈私の歌〉の代表は吉田拓郎。時代は岡林と拓郎という〈若者たちの英雄〉を生み、〈フォークソング〉は若者たちの〈時代の歌〉となったのです。まさに歌が時代を作り、時代が歌を作ったのです。
 アメリカン・コンテンポラリー・フォークに刺激を受けて〈カレッジ・フォーク〉〈関西フォーク〉が生まれ、70年に吉田拓郎の出現によってメジャーになった〈青春フォーク〉はやがてさらに進化して1975年頃に〈ニューミュージック〉と名前を変えてビッグ・ビジネス化していきます。さらに80年代に入るとポップス、ロックのムーブメントが起こり、88年にはニューミュージックがさらに進化して〈Jポップ〉と名前を変えてさらに巨大化します。
 1960年頃のアメリカン・コンテンポラリー・フォークから現在までの約58年間はまさしく〈Jポップ・ヒストリー〉そのものなのです。その意味では、紛れもなく本書は、そんな時代と音楽の切っても切れない関係を紐解くテキストなのです。
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category: 俺が言う!

2018/09/21 Fri. 11:37 [edit]   TB: -- | CM: --

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