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音楽ファンの“大人の見識”が埋もれている“いい歌”をヒット曲に育てるのです! 

 産経新聞の一面連載コラム「産経抄」を毎日楽しみに読んでいますが、2007年12月14日(金)のコラムは目から鱗が落ちる的な切り口でした。引用させていただくことにします。
<製造年月日の表示が消費期限や賞味期限に変わったことの弊害を指摘する専門家もいる。かつては、日にちがたった食品のにおいをかいだり、味見をする光景はどこの家でも見られたものだ。今や食べられるかどうかの判断をすべて作り手にゆだねてしまった。五感の衰えは、本物とニセ物を見分ける力の低下につながっている。>
 このコラムを読んだとき、私は音楽にも言えていると思いました。いや“食べ物”を“歌”に変えると、それだけで十分に通用してしまうと怖くなってしまいました。すなわち、いい歌か否かの判断を、私たち音楽ファンはすべてレコード会社などの送り手にゆだねてしまったのです。これは具体的にどういうことかというと、新しく生まれた歌を、自分で聴いて、心で判断していないということです。本来、歌のあるべき姿は、ユーザーに聴いてもらって、いいか否か判断してもらうことです。ところが現実は、ユーザーが自分から積極的に聴いて、「これはいい歌だ」と自分で判断することはあまりない、ということです。では、どうしているのか、というと、テレビを通して大量に流される歌がいい、と考えているということです。
 テレビから大量に流されるとは、タイアップのことです。テレビ・ドラマの主題歌に抜擢されるとかなり頻繁にオンエアされます。同時にテレビCMに起用された場合もです。最近では映画の主題歌も露出効果は満点です。つまり、何を言いたいかというと、大量に露出された歌、つまり“タイアップ曲”がユーザーにとっては、“いい歌”であるという絶対的価値観なのです。そこには、本来基本であるはずの“いい歌”という概念は存在しないのです。唯一“いい歌”の価値観の基準はテレビなどによる大量露出なのです。これでは産経抄のコラムではありませんが<五感の衰えは、本物とニセ物を見分ける力の低下につながっている。>と同じで、ここからは本当に“いい歌”でもヒット曲には育たないのです。
 しかしながら、捨てたものではありません。まだ、いい歌を自分の耳で聴き、心で発見する“音楽愛”を持ったユーザーもいるのです。そんなユーザーたちが、タイアップのあるなしに関係なく、自力で発見して育て上げたのが、秋川雅史の「千の風になって」のミリオンセラーと今、<紅白>に抜擢されたことで注目を浴びたすぎもとまさとの“すごい歌”「吾亦紅」です。この2曲の歌は、ノンタイアップにもかかわらず、曲自体の持つ曲力と歌力で自力でヒット・チャートを駆け上がりました。それを後押ししたのが、音楽愛にあふれた音楽ファンの“見識”です。この見識があったからこそ、「千の風になって」「吾亦紅」は脚光を浴びたのです。そんなことを考えると、私たち音楽ファンの“大人の見識”が埋もれている本当に“いい歌”をヒット曲に育てるのです。あなたの見識はいかがでしょうか?
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category: 俺が言う!

2007/12/18 Tue. 10:17 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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