富澤一誠の「俺が言う!」
音楽評論家 富澤一誠氏の 「俺が言う!」を掲載していきます。
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「うらやましいな」「悔しい」と思ったら、それを反動エネルギーに変えるべきです。その反動エネルギーがあなたを成長させるのです!
「うらやましいな」と思ったら、うらやましい存在になれるように自分も頑張ればいいのです。その意味では、「うらやましいな」と思ったときこそがチャンスなのです。なぜかというと、頑張ろうというエネルギーが湧いてくるからです。このエネルギーを使って何かを生み出せる、というわけです。
 しかし、現実にはそんな“チャンス”を生かし切っていない人がほとんどなのです。誰でも「うらやましいな」と思うことはあります。そして「あんなふうになれたらいいな」とも思います。しかしながら、だからといって、「よーし、私も…」ということにはなかなかならないものです。もったいないことだな、と思います。なぜこんなことになってしまうのでしょうか? それはおそらく本当に「うらやましいな」と思っていないからではないでしょうか? 確かに一瞬は「うらやましい」と思うかもしれませんが、すぐに冷静になって「まっ、いいか」と現実を肯定してしまってはいませんか? 頑張るよりも、その方が楽だからです。「ま、いいか。なんとかなっているし……」。今、そんな風潮が蔓延しています。いかがなものか?と思います。
 同じようなことに「悔しい」と思う気持ちがあります。悔しいと思ったときも、実はチャンスなのです。なぜならば、悔しいと思ったときは、なにくそ負けないぞ、負けるもんかというエネルギーが生まれるからです。その反動エネルギーが何かを生み出すのです。しかし、これも「うらやましいな」からくるエネルギーと同様に、放っておくと「まっ、いいか」という投げやりエネルギーに吸収されてしまうのです。今の人たちは本当に悔しいと思ったことがないのでしょうか? 私が若い頃、駆け出しの評論家時代はよく担当編集者に書き直しをさせられたものです。そんなときは正直言って、悔しかったです。なにくそと思ったものです。加えてきびしい編集者からは徹底的にきたえられたものです。悔しさに唇をかんだこともあります。そのとき、ある編集者に言われたことを私は今でも忘れたことはありません。書き直しを命じられ悔しがっている私にその編集者は言ったものです。
「書き直しをさせられて悔しいだろう。悔しかったら、書き直しをされないような原稿を書いて来い」。この一言に私は反論できませんでした。まったくの正論であり、それ以上でも以下でもなかったからです。それから私は頑張りました。悔しい思いをしないですむように独学で勉強して、書き直しをさせられないような原稿が書けるように頑張ったものです。だからこそ、今の若い人たちを見ていて歯がゆいのです。何かを尋ねると、「知りません」と言います。知らないということは本当は恥ずかしいことなのです。恥ずかしいと思ったら勉強をして覚えるべきなんです。でも、ほとんどはそのままです。恥ずかしいと思わないから調べようとしない。加えて、恥ずかしいと思わないから悔しいとも思わない。これではエネルギーなど生まれてくるはずがありません。「うらやましいな」「悔しい」と思ったら、それを反動エネルギーに変えるべきです。その反動エネルギーがあなたを成長させるのです。
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