富澤一誠の「俺が言う!」
音楽評論家 富澤一誠氏の 「俺が言う!」を掲載していきます。
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書き手は“本”を書いてこその書き手である、という“基本”に忠実に精進していくつもりです!
 今年もまた明治神宮に初詣に行って来ました。そして、これまた恒例となっている“おみくじ”を引きました。
 明治神宮の“おみくじ”はいっぷう変わっています。明治天皇、昭憲皇太后の“和歌”となっています。すなわち、ガシャ、ガシャとおみくじを引くところまでは同じですが、「何番です」と言って出てくるのが“大吉”や“凶”のおみくじではなく“和歌”ということです。
 今年はどうかなと思って、ガシャ、ガシャと振ってみたら“20”という数字が出ました。手渡された“おみくじ”は昭憲皇太后の和歌で“謙遜”という御題で、〈高山のかげをうつしてゆく水の ひききにつくを心ともがな〉でした。その意味は「高い山の姿を写して、谷川の水が段々と低い方へ流れて行くように、誰でも理想は高く、身はつつましく、ということを心がけたいものです。誰でも生まれながらに、尊い人格を親から授かっていることでは平等ですが、お互いに敬愛の心が大切です。ここに謙遜の美しい徳があります」で、要約すれば「心は高く、身はつつましく」ということです。
「心は高く、身はつつましく」という“おみくじ”を引いて、私は感じ入るものがありました。というのは、心のどこかでそんなことをうすうす感じとっていたからです。ここ数年間、手前味噌ではありますが、私は“書き手”というよりも、ラジオのパーソナリティー及びテレビのコメンテーターとしての比重の方が大きくなっていました。もちろん、これはこれで仕事としてはいいのですが、私の心の片隅ではいつも、本当にこれでいいのだろうか?という自問自答がありました。
 私は20歳のときに“書き手”としてスタートしましたので、書くことが“使命”である、と勝手に思い込んでいます。“書き手”としての私のテーマは〈音楽を熱く語る〉ということです。音楽を聴いて感動したら熱く語る。その語りがやがて次の語りを呼び、熱気を帯びながらたくさんの人々を巻き込んでいくのです。その意味では、ひとりの聴き手の熱い想いが言葉となって語られたときに、初めて歌は伝わるのです。音楽情報を大量に伝達したとしても、語りたいという“熱い想い”のない情報は伝わりません。黄金のフォーク時代は、アーティスト、歌を題材にして、大いに語り合ったものです。そのとき、私の書いた評論が“きっかけ”になっていたんです。つまり、私の熱い想いが“評論”という形になったとき、そこから“音楽愛”が生まれていたのです。そんな“情報の発信源”であり続けることが私に与えられた“使命”なのです。
 ところが、気がついてみたら、まずパーソナリティー、コメンテーターという私がいて、核であるはずの“情報の発信源”がおろそかになってしまっていたのです。これでは主客転倒もいいところです。だからこそ、私は“書き手”という原点に戻らなければならないと思ったのです。“書き手”である、ということが私にとっては、まさに「心は高く、身はつつましく」なのです。だからこそ、この度、私は“原点”に立ち返って“書き手”として2冊の単行本「フォーク名曲事典300曲」「フォーク検定」(共にヤマハミュージックメディア)を書き上げたのです。書き手は“本”を書いてこその書き手である、という“基本”に忠実に、これからも精進していくつもりです。あなたの“おみくじ”はなんだったのでしょうか?
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