人様の“地雷”を踏まないようにするには、常に冷静に謙虚に、そして賢明に自分を律する姿勢が大切です!
〈覆水盆に返らず〉という格言があります。「離婚した夫婦の仲は、再びもと通りにならないこと。一度失敗したことは取り返しがつかないたとえ。太公望が、若いころ貧乏なのに読書ばかりしていたので、妻が離縁して去った。後に出世して諸侯となった時、去った妻が再婚を願ったが、太公望は盆に入っている水をこぼし、その水をもとに返すことができたら、願いを聞いてやろう、といって断ったという故事」(「実用ことわざ慣用句辞典」三省堂刊)に基づいている。ちなみに英語では〈It is no use crying over spilt milk〉(こぼれたミルクを嘆いてもしかたがない)と言う。
気をつけなくてはならないことは〈覆水盆に返らず〉というピンチは常にあるということです。
どんなときがピンチかというと、冷静さを失ってしまったときです。ふだんならば、たとえ心の中では思ってはいても絶対に面と向かっては言わないことって、誰もひとつやふたつは持っています。なぜ言わないのか?というと、「これを言っちゃおしまいだよ」ということがわかっているからです。しかしながら、頭でわかってはいても、つい口から突いて出てしまうことはあります。口から出てしまった瞬間、それは“本音”だけに取り返しがつきません。当然のことながら、相手に対して、これ以上はないという痛烈な一撃になるだけに、二人の関係の修復は不可能です。そのことがわかっているからこそ、私たちは“本音”をあえて言わないで胸にしまっているんです。ところが、ふとしたはずみでそれが出てしまう。ケンカをして頭に血がのぼって切れてしまったときが危ないと言っていいでしょう。このときは「しまった」と思ってももう遅いのです。だから、切れない方が得策なのです。また、酒を飲みすぎて無防備になってしまったときも危ないと思います。飲みすぎるとつい気が大きくなってしまい、悪いことにほとんどの人が気がゆるんでしまうのか饒舌になってしまいます。そしてポロッと言ってはいけない“本音”をもらしてしまいます。この場合もアウトです。後で「飲みすぎてつい口がすべってごめん」と謝ったにしても、酔っ払ったときに言ったことは“本音”だということを相手は知っているだけに、これも取り返しがつかないのです。
本音の“本音”は言っていいときと悪いときがありますが、ほとんどの場合は言わない方が賢明ではないでしょうか。なぜならば、本音の“本音”は人間の深いところにある“地雷”を踏んでしまうという危険性を持っているからです。人にはそれぞれ「これだけは触れられたくないこと」があります。ふだんは誰もがそのことはわかってはいるのですが、何かの拍子に、なにげなく言ってしまうことがありますが、このときはきわめて危ないのです。切れて冷静さを欠いた場合も、酔っ払って口がすべった場合も、どちらにしても言い訳は通用しないのです。ましてや“無知”から言ってしまった場合はもう目もあてられません。「35歳を過ぎると羊水が腐る」発言はその最たるものでしょう。人様の“地雷”を踏まないようにするには、常に冷静に謙虚に、そして賢明に自分を律する姿勢が大切です。