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世の中、腹の立つことばかりです。だからこそ、心を浄化して癒してくれる歌が必要とされているのです。 

 失恋ソングばかりを集めたコンピレーション・アルバム『TEARS』シリーズは3枚出ていますが、トータルで30万枚以上売れてベストセラーになっています。その意味では、手前みそながらプロデューサーとしては、うれしいかぎりです。しかしながら、ふと考えることがあります。それは失恋ソングばかりを集めた、いわば“暗い悲しい歌”を人はなぜ好んで聴くのか?ということです。確かに失恋をテーマにとった歌は、同じような体験をしている人が多いので共感を得やすいことはあると思いますが、それにしても失恋という悲しい体験を“失恋ソング”という劇薬で中和するということでしょうか?
『TEARS』の最新作『TEARS J-POP Selection』を聴きながら、そんなことを考えているときに、ふと買いおきしておいた五木寛之さんの『人間の関係』(ポプラ社)という本が目にとまったので、『TEARS』を聴きながら読むことにしました。すると目から鱗が落ちるフレーズがありました。五木さんはこんなふうに書いています。
「人が歌謡曲や演歌を歌うのは、悲しい気持ちを、歌に乗せてはき出すため。悲しい、悲しいというかわりに『悲しい酒』を歌う。悲しいという感情は、恥ずかしがらずに言葉にだすことで、自分から引き離して、乗り越えることができるのです」
 まさしく、その通りである、と思いました。つまり、私たちは歌を通して悲しいことを“追体験”することによって、悲しさにまみれた心を浄化させるのです。映画もそうです。映画を観て追体験して“涙”を流すことによって心を洗い流すのです。
 私たちは現実生活において、様々なことに直面しています。失恋だけではなく、腹が立つことやら、正直言って「やってられないよ」と怒鳴って暴れたくなることもあります。しかし、ぐっとこらえて心にためこんでいるのです。だから、フラストレーションでいっぱいだし、いつ切れてもおかしくない状態だと言っていいでしょう。それでも耐えていられるのは、理性で何とか処理しているからです。頭にくることは多々あります。思っていることをそのまま言えたらストレスなんかたまりません。しかし、現実は……。だから、頭の中で発散するしかないんです。頭の中でシミュレーションを作って、そこで思いつくかぎりの罵詈雑言を浴びせるんです。頭の中での罵詈雑言ですから他人に迷惑をかけることはありません。いうなら“追体験”ならぬ“仮想体験”をするわけですが、このことによって、怒りがかなりおさまることは事実です。シミュレーションというかバーチャルな体験ですが、このことはおそらく“悲しい歌”を歌うことで心を浄化することに似ていると思います。
 そんなことを考えると、カラオケに行って歌いたい歌をうたって憂さ晴らしをするということは大切なことでもあるんです。それにしても、世の中、腹の立つことばかりです。いつ切れてもおかしくはない状況です。だからこそ、心を浄化して癒してくれる歌、「千の風になって」(秋川雅史)、「吾亦紅」(すぎもとまさと)、そして「かあさんの下駄」(中村ブン)などが必要とされているのです。私は音楽評論家として、そんな歌をストレスで苦しんでいる人たちに処方していきたいと思っています。
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category: 俺が言う!

2008/03/03 Mon. 15:23 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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