時代が必要とする歌がヒット曲となる、と私は考えています。当然ながら、時代が今何を必要としているのか?を敏感に察知することが大切です。それがクリエイターの使命といっていいでしょう。では2000年代、今の時代が必要としている歌は何か?というと、答えは明確です。今ほど“家族の絆”が問われているときはありません。時代は紛れもなく“家族愛の歌”を必要としているのです。その結果、母のことを歌ったすぎもとまさとの「吾亦紅」がヒットしているのです。中村ブンの「かあさんの下駄」を私がプッシュするのも、時代が必要としていると感じているからです。はっきり言って、時代が今“家族愛の歌”を必要としている、というのは私の個人的な見解です。
そして、もうひとつ私には見解があります。それは“人生のズレ”を修正して“人生の本番”を思い切り生きる、ということです。これはどういうことかというと、現在の私と青春時代の“あのときのぼく”がなりたいと思っていた私との間には、微妙な“ズレ”があるのです。このズレを感じている以上、私は人生の“帰還限界点”に到達する前に、ズレを修正しなければならないのです。今まさに私は“57歳の決心!”をしたのです。自分らしく生きようと……。その意味では、私にとってこれからのテーマは「自分らしく生きる」ということです。これはおそらく私だけではないはずです。同世代の人たちは共通に思っているはずです。「自分らしく生きているのか?」と。そして人生のメイン・ステージで「自分らしく生きよう」と。人生の“ズレ”をなおす、ということが私のこれから書こうとしている本のテーマなのです。と同時に、人生のズレをなおすことが、時代が必要としていることだ、と私は思っています。これは評論家としての見解です。そんな見地に立って、もしも私が“作詞家”だったら、このテーマでこんな歌詞を書こうと思います。
「心の声」
懐かしい“あの歌”を聴くと “あの頃”の自分に会える
こんなはずじゃなかった 悔やむ自分に熱く語りかけてくる
お前の夢はかなったかい? 俺の夢は眠っていないか?
そんな“心の声”を聞くと “あの頃”と“今”の自分の間の
微妙なズレが疼く 自分自身を生きているだろうか?
懐かしい友だちと会うと “あの頃”の自分にかえる
こんなはずじゃなかった 嘆く自分に強く問いかけてくる
お前の夢はかなったかい? 俺の夢は眠っていないか?
そんな“心の声”を聞くと あの頃の夢が暴れ始める
人生のズレが痛む 自分自身を生きているだろうか?
お前の夢はかなったかい? 俺の夢は眠っていないか?
自分自身を生きているだろうか?
この歌詞がこれからどんな運命をたどっていくのか? 私の“人生の本番”が始まるのです。