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「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を読んで、親の“魂の叫び”を聞いた! 

 リリー・フランキーのベストセラー小説「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」(扶桑社刊)を改めて読み直して、なぜミリオンセラーになったのか、わかった気がしました。2005年6月に初版が発売されて読んだときは、さほど感じなかったのですが、今この本のメッセージが私の心の琴線を強く震えさせています。なぜでしょうか? それは現在が、心が音を立てて壊れている時代だからかもしれません。少年犯罪や幼児虐待などが頻繁に報道されている今の社会。親が子を傷つけ、子が親に刃を向ける凄惨な出来事が続き、本来あるべき“親子関係”は崩壊しつつあります。何かが狂っているとしか思えません。
 しかも最も由々しきことは、それが新聞やテレビのニュースの中だけにかぎったことではないということです。ニュースで取り上げられる親殺し、子殺しは別世界のことではなく、私たちの身近に存在していることなのです。その意味では、いつ私たち自身が事件の当事者になってもおかしくはないのです。
 親子関係の崩壊には様々な要因がありますが、要は親が子のことを、子が親のことを知ろうとしないし理解していない、ということではないでしょうか? 血縁関係において最も近いのが親子です。生まれたときから身近に接しているのも親子ですが、現実は身近だけれども、最も遠い他人ではないのでしょうか?
「東京タワー」を読んでいて、身につまされたことは、今年の3月31日に88歳になる母のことを、私は何も知らない、ということです。いや、6年前に亡くなった父のこともよくは知らないのです。今思えば、父とはもっと話をしておけば良かったと後悔しています。晩年になって病気がちだった父がどんな思いで暮らしていたのか? 今にして思えば、なぜもっと長野の実家に帰ってあげられなかったのか、と思います。たぶんあの頃、父は私に何か話したかったのかもしれません。しかしながら私は忙しさにかこつけて実家には帰りませんでした。母とて同じことです。だからこそ「東京タワー」に共感を覚えたのです。オカンが上京して主人公と同居を始め、やがてオカンとすさまじい闘病生活を始め、そして結末を迎えるあたりは涙なくしては読めませんが、主人公がうらやましくもありました。それまでオカンのことなどあまり考えもしなかった主人公が、オカンを理解しようと思って、オカンの立場になって考えるようになり、オカンに優しく接するようになったあたりから、子が親を思う優しさと包容力を持ち始めます。人は相手を理解しようと思って初めて人に優しくできるのです。それは動物の接し方に似ているかもしれません。犬や猫など動物はしゃべれません。いや、しゃべってはいるのですが、飼い主が理解しようと思わないと、何を言っているのかわからないのです。しかし、動物の立場になって考えられる優しい心の持ち主になったときは、動物の“心のメッセージ”がわかるのです。それと同じです。人は皆“何か”メッセージを発しているのです。罪を犯す前に子供たちは必ず何かメッセージを発しています。それは何気ないしぐさだったり、言葉にならない言葉かもしれません。私たち大人は、子供たちのそんな“魂の悲鳴”ともいうべき“メッセージ”を受け止めているでしょうか? そのメッセージを受け止めることができないからこそ“真意”がわからないのです。これは何も子供に限ったことではありません。あなたは年老いた親の“魂の叫び”を理解しているでしょうか? 「東京タワー」はそんな“メッセージ”を投げかけているのではないでしょうか……。
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category: 俺が言う!

2007/02/19 Mon. 17:49 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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