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アーティストには2通りのタイプ(“存在感”と“時代感覚”で勝負)があります! そして私たちも、しかり!です。 

 アーティストには2通りのタイプがある、と私は考えています。
 ひとつは、時代がどう変わろうとも、「俺が(私が)……」と自分をあくまでも押し通し続けるタイプ。吉田拓郎、矢沢永吉、中島みゆき、谷村新司、さだまさし、松山千春などがそうです。
 もうひとつは、時代がどんなに変わろうとも、時代との距離が常に等間隔で、時代という波を敏感に察知してとらえ、それを上手く乗りこなしてしまう“時代のサーファー”ともいうべきタイプ。サザンオールスターズ、松任谷由実、宇多田ヒカルなどがそうです。
 両タイプ共に良さがあります。前者はアーティストとしての生きざまに一本芯が通っているので、座標軸がぶれることはありません。つまり、圧倒的な存在感があるということです。ですから、時代と共鳴したときにはすさまじい爆発力があります。“スター”というより“英雄(ヒーロー)”であり、やがて“教祖”となるのです。
 後者は、時代の風を瞬時にして読み、そこから次に来る時代の波をキャッチできるので、時代に左右されることなく息の長い活動を続けることができます。その結果、超のつく“スーパースター”となりえるのです。
 いうならば、前者は“存在感”、後者は“時代感覚”が最大の武器だ、ということです。その意味では、この2つの武器を持っているアーティストは時代を超えるということです。しかしながら、昨今のアーティストをながめていると、“武器”を持っていない者が多すぎるのではないか、と思います。だからこそ、たとえヒット曲が生まれても長続きがしないのです。いかがなものか?と思います。そんなことを考えると、アーティストを発掘・育成するときこそ、“存在感”と“時代感覚”をもっと吟味するべきではないでしょうか。もちろん、それを徹底的に磨くことも……。
 話は変わりますが、サザンオールスターズの解散騒動がありましたが、サザンの活動休止は“時代感覚”という最も大切な“アンテナ”を磨くためには必要不可欠だ、と私は思っています。これがさびついてしまったら元も子もないからです。同じように、“存在感”も磨かないと希薄になってしまいます。矢沢永吉はそんなことがわかっているから先手(充電)を打ったのでしょう。いずれにしても、アーティストとしての座標軸がぶれては話になりませんが、ぶれ始めたと気づいたときは、早めに修正をするべきです。ぶれを修正する勇気がある、ということもアーティストにとっては重要な“素質”なのです。
 それとこれはアーティストにかぎったことではありません。私たちにもあてはまることなのです。つまり、私たちにも大きく分けると2通りのタイプがあります。いや、自分自身で2つのうちどちらか1つを選ぶ必要があるのです。そして選んだ後は、自分なりに努力してその道をきわめなければなりません。“存在感”をどう生み出すのか? それとも“時代感覚”をどう磨いて生み出すのか? ポイントはそこにかかっているのです。
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category: 俺が言う!

2008/07/07 Mon. 18:07 [edit]   TB: 0 | CM: 4

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コメント

昨年(2008年)活動を休止した国民的人気ロックバンドの『サザンオールスターズ』について。

 初めまして。私は『牢屋(ろうや)壮一』と言うハンドルネームを使用してインターネット上で評論(表現)活動を行っている者です。
 私はここで昨年(2008年)に突然の活動休止宣言を発表してファンに大きなショックを与えた国民的人気ロックバンドである『サザンオールスターズ』について私が常日頃から感じている(思っている)事を書いてみたいと思います。
 知っての通り昨年(2008年)はサザンオールスターズ(以下『サザン』と略)がデビューして満30周年の記念すべき年でした。ここで私はサザンが『勝手にシンドバット』で歌謡界(芸能界)にデビューした1978(昭和53)年当時の歌謡界(芸能界)の状況について振り返りたいと思います。
 富澤さんも知っての通りサザンが歌謡界(芸能界)にデビューした1978年当時はピンクレディー・ブームと言う名の『邪悪な嵐』が歌謡界(芸能界)に吹き荒れていた時代でした。彼ら(サザン)が歌謡界に船出した時代はピンクレディー・ブームと言う名の『邪悪な嵐』の真っ只中でした。これは私の常日頃からの『持論』なのですが、もしもサザンが『勝手にシンドバッド』ではなく『いとしのエリー』でデビューしていたらどうなったか、もしも『いとしのエリー』でデビューしていたと仮定したら間違いなくあの邪悪極まりない『ピンクレディー』の良い餌食と言うか鴨にされていた事は現在では明白な事実だと私は信じています。これについて富澤さんはどのように考えられますか? 1978(昭和53)年の『サザン』のデビュー当時は決して祝福されたものではありませんでした。いや祝福どころか全く逆に『罵詈雑言』の嵐の中での歌謡界(芸能界)への船出でした。1978(昭和53)年当時の人々は邪悪なピンクレディーに目を眩まされてサザンの本質が見抜けなかったのです。しかも彼ら(サザン)にはデビューした年の日本レコード大賞や日本歌謡大賞の『新人賞』さえ贈られませんでした。これについて私は常日頃から『何と言う無礼な仕打ちなのだろうか』と思っています。憤りを禁じ得ません。
この他にもサザンについては書きたい事が沢山ありますが、切りがないので今回はこの辺で終わりたいと思います。
 なお、私のハンドルネームである『牢屋(ろうや)壮一』の由来ですが、これは改めて説明するまでもないと思いますが、あの有名な『一億総白痴化』と言う言葉を残した毒舌評論家の故『大宅壮一』のパロディです。

牢屋壮一(評論家)。 #TMBk1B7M | URL | 2009/05/05 Tue. 05:59 * edit *

アレンジャー(編曲家)の『瀬尾一三』氏について。

 芸能&音楽研究・評論家の『牢屋壮一』です。2度目のコメントの書き込みをします。
 今回はここで取り上げられているテーマとは余り関係はありませんが、現在『中島みゆき』のプロデューサーを務めていると言うか兼任しているアレンジャー(編曲家)の『瀬尾一三』氏について少し書いてみたいと思います。改めて言うまでもなく瀬尾一三氏はフォークを代表するアレンジャーである事は言うまでもありません。日本のフォークが生んだ『不世出の大アレンジャー』だと言っても過言ではないでしょう。特にフォークブームが遠い過去のものになった現在ではこれは少し持ち上げた言い方になりますが、現在の時点では『瀬尾一三なくしてフォークなし』と言っても言い過ぎではないと私は常日頃から思っています。まさに文字通り瀬尾一三氏は現在の時点における日本のフォークの『生命線』でありフォークの『屋台骨』とも言える存在です。
 これは今書いた事とは矛盾するかもしれませんが、富澤一誠さんも知っての通り日本の歌謡界には『萩田光雄』氏と『船山基紀』氏と言う2人のビッグなアレンジャーが存在しており同じアレンジャーでも『フォーク』を主な専門分野(専門領域)とする瀬尾一三氏はどちらかと言うと萩田光雄氏、船山基紀氏の『落穂拾い』をさせられてきた、と言う印象を拭い去る事ができなかった、と言う思いを否定し難いと私(牢屋壮一)は思うのですが、これについて『富澤一誠さん』はどのように思われるでしょうか?

牢屋壮一(芸能&音楽研究・評論家)。 #TMBk1B7M | URL | 2009/09/19 Sat. 15:22 * edit *

既に死語になった『ニューミュージック』と言う言葉について。

 牢屋壮一です。今回はタイトル通り現在では既に死語になった『ニューミュージック』について少し述べたいと思います。
 この『ニューミュージック』と言う言葉は現在では『Jポップ』と名称が変更されていますが、問題はこのニューミュージックと言う言葉は誰が作ったのか、です。私はこのブログを開設している音楽評論家である『富澤一誠さん』が作った言葉だと思っています(理解しています)。
 私の手元に図書館で借りた富澤さんが書いて1981(昭和56)年10月に『冬樹社』と言う出版社から発行された『オレのバイブル』と言う本があります。この本は私(牢屋壮一)の『ニューミュージック論』に多大な影響を及ぼした本であり図書館で何度も何回も繰り返し借りて読みました。
 さて、現在では死語になった『ニューミュージック』と言う言葉を富澤一誠さんが作った、と私(牢屋壮一)が判断しているその理由ですが、もちろんこの富澤さんの『オレのバイブル』の記述にあります。『オレのバイブル』に次のような記述があります。その部分を引用します。
『だからこそ今ではもうそれらを総称してフォークと言う言葉ではとらえきれないのである。また、そうする必然性もないことは前記した通りである。フォークが種々に成長・分化して花をつけた音楽を僕(この『僕』と言うのは著者である富澤さんである事は言うまでもありません)は今、新しい音楽と言う意味でニューミュージックと正式に呼ぶことにする。このニューミュージックの中にフォークもロックも組み込まれるのである』(富澤一誠・著。オレのバイブル、160ページ。冬樹社・刊)。
 引用が少し長くなりましたが、以上のような理由により私は既に死語になった『ニューミュージック』と言う言葉はこのブログを開設している音楽評論家の『富澤一誠』氏が作った造語であると理解しています(解釈しています)。

牢屋壮一(芸能&音楽研究・評論家)。 #- | URL | 2009/09/25 Fri. 18:28 * edit *

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# |  | 2011/12/01 Thu. 21:15 * edit *

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