09« 2017 / 10 »11
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.

詩と曲は化学反応を起こしながら、いい歌に向かって着実に進化していくのです! 

 私の詩に永井龍雲に曲をつけてもらった「心の声」のデモ・テープを何度も聴いているうちに気になる箇所がいくつか出てきました。もちろん全体的には気に入っていますが、曲がついた段階で、自分の詞の言葉使いに気になるところが生まれてきたのです。言葉だけの詩のときには気にならなかったことが、曲がつくと微妙にニュアンスが違ってきて、予想以上に良くなったところと、逆に曲がついて聴いたら合わない、というところが出てきたのです。
 予想以上に曲がついたら言葉が生きてきたところは「あの頃の夢が暴れ始める 人生のズレが痛む」というところです。特に“夢が暴れ始める”というフレーズは曲がついたことで“言葉”に命が宿ったというか一気にイメージがふくらんできました。だからこそ、というべきでしょうか? このフレーズと対をなすワンコーラス目の「あの頃と今の自分の間の 微妙なズレが疼く」の“微妙な”が気になってしまうのです。言葉としては“微妙なズレ”としか言いようがありません。“かすかな”でも“わずかな”“ふとした”でもありません。あくまでも意味的には“微妙な”がぴったりくるのですが、いかんせん曲に乗らないのです。イメージがふくらむどころか違和感を感じてしまいます。さて、どちらを取ったらいいでしょうか? 曲の乗りが悪くても言葉の意味を取るか? それとも……。いろいろと考えました。その結果、曲の乗りを取ろうと考えた私は、必死になって“微妙な”に変わる言葉を捜しました。そうこうしているうちに言葉数が一文字足りないことに気がついたのです。“人生の”ズレは5文字なのに対して、“微妙な”ズレは4文字です。1文字足りないから乗りが今いちなのです。だとしたら、5文字で意味が合う言葉を捜せばいいということです。その結果、“埋まらない”ズレという言葉を見つけました。この言葉をメロディーに乗せてみるとぴったりとはまりました。「よし、これでいこう」。そう思って詩を直すことにしました。
 もうひとつの気がかりは、コーラス終わりの1行「自分自身を生きているだろうか?」です。このフレーズはこの詩のヘソと言っていいくらいの重要パートです。正直に言って、「お前の夢はかなったかい?」「俺の夢は眠っていないか?」「自分自身を生きているだろうか?」はサビの最も重要なフレーズです。どの1行が欠けても詩は成り立ちません。
 しかし、あろうことか「自分自身を生きているだろうか?」は曲の構成上から考えると、どうしても“字余り”になってしまうのです。曲の構成上から考えると削った方がいいということは明白ですが、さりとて、このフレーズを削ってしまったら、詩のヘソがなくなってしまう。困ったことです。何か打開策はないだろうか? そのために私は30回以上は聴いたでしょうか? 聴けば聴くほど、もったいないと思えてきました。決して悪くはありません。でも、やはり“違和感”が気になります。だとしたら、直そうと決意しました。そうして“自分自身を生きているだろうか?”を思い切って削ることにしました。当然のことながら、その前のフレーズで曲は終わりますから“埋まらないズレが疼く”のメロディーを変えなければなりません。それより何より削ったフレーズをどこで生かすかです。そこで考えたのが重要なフレーズをサビ始まりにして頭に持ってくることにしました。「お前の夢は~自分自身を生きているだろうか?」と出だしをサビ始まりにすれば、かえってこのフレーズを生かせるはずです。そんな趣旨を龍雲に電話と手紙で伝えました。快諾してくれた龍雲からどんなデモ・テープが送られてくるか楽しみです。曲名も「心の声」から「夢は眠っていないか?」に変えました。詩と曲は化学反応を起こしながら、いい歌に向かって着実に進化しています。皆さんにお聴かせできる日はそう遠くはないと思います。
スポンサーサイト

category: 俺が言う!

2008/08/11 Mon. 16:30 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

コメント

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tomisawaissei.blog72.fc2.com/tb.php/86-c7352c57
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top