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“必然性”のある“ストーリー”という“想い”が“音楽愛”に満ちた素晴らしい“歌”を作り出すのです! 

 8月15日に1通のゆうメールが届きました。中には1枚のCD-Rが入っていました。私が待っていたCD-Rで、私の詞に永井龍雲に曲をつけてもらったデモ・テープの“修正ヴァージョン”です。さっそくステレオにセットして聴いてみました。修正を依頼したフレーズを注意しながらチェックすることにしました。聴き終えて思ったことは「これならいける」でした。さっそく龍雲に電話をかけて御礼を言いました。
「予想していた以上に完璧に仕上げてもらってありがとう。これならば自信を持ってレコード会社にプレゼンできると思う」
 さっそくプレゼンすることにしました。まずは一番最初に私の詞に興味を示してくれた某大手外資系レコード会社のプロデューサーに電話をかけてアポイントメントを取りました。8月25日、彼に会って、その場で聴いてもらいました。聴き終わって一言彼は言いました。「いいですね。ぜひうちでやらせて下さい」。こうして、CD化は決まりましたが、そのとき、私と彼とでひとつ確認したことがありました。それは、このプロジェクトは全て“必然性”のもとでやりましょう、ということです。というのは、私が「心の声」という詞を書いたのは、CD化したいからではない、ということです。「心の声」という詞は、書き手としての私のテーマ“人生のズレを直す”という象徴です。この象徴をたくさんの人たちに理解していただく方法論として、私は曲をつけたら、さらにたくさんの人たちに伝わるのではないか、と考えたんです。とはいっても、曲をつけてくれるのは誰でもいいというわけにはいきません。この詞を書いたとき、曲をつけてもらうなら龍雲しかいないと思っていました。28年前に私は「永井龍雲―負け犬が勝つとき―」という単行本を書いて、当時、新人アーティストだった龍雲を“ホープ”として大プッシュしました。おかげさまで「道標ない旅」というスマッシュ・ヒットは生まれましたが、こんなものではない、と私は思い続けていました。龍雲はもっと大きくなるはずだ、否、ならなければならないのだ。そう信じていました。だからこそ、ここで龍雲と共に勝負をして、“負け犬が勝つとき”を実現しようと思ったのです。私のそんな想いを素直に龍雲に話したところ、龍雲も意気に感じたからこそ、私の詞に曲をつけて戦うことを快諾してくれたのです。
 9月1日夜、龍雲と会って飲みました。ここで彼と再度確認を取りました。それはこのプロジェクトに関しては“必然性”のある“ストーリー”から必ず始めよう、ということです。この夜、私はレコード会社に彼を紹介する前に、アレンジャーを誰に頼もうか、ということを龍雲と相談したかったのです。いろいろな名前が出ましたが、私が言ったことは、「今、龍雲が誰と一緒にやってみたいか?」ということです。なぜそのアレンジャーなのか?というストーリーがないかぎり、私は納得できません。その結果、ある大物アレンジャーの名前が出て、2人の中で決定しました。翌9月2日、龍雲を連れてレコード会社のプロデューサーに会いに行きました。ここで確認したことは“必然性”のあるストーリーを押し通すこと。そして、意中のアレンジャーに私とプロデューサーでさっそくアプローチしてみるということでした。“必然性”のある“ストーリーという“想い”が“音楽愛”に満ちた素晴らしい“歌”を作り出すはずだ、と私は確信しています。
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category: 俺が言う!

2008/09/08 Mon. 16:03 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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# |  | 2008/09/23 Tue. 12:44 * edit *

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