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プロとして自分自身に妥協しない人だけが演技、歌にリアリティーを持つことができるのです! 

 気になっていることに関連することは不思議と目に入ってくるものです。
 このところ気になっている映画があります。「おくりびと」です。この映画の予告編を見たときから、なぜか魅かれるものがありました。「おくりびと」の主人公は“納棺師”です。納棺師とは、亡くなった人の体を清めて棺に納める人のことですが、これを本木雅弘が演じ、その師匠役を山崎努が演じています。予告編を見てなぜ気になったのかというと、たぶん怖いもの見たさです。納棺に立ち会うということはそんなにひんぱんにはありませんが、私の年齢ぐらいになると射程距離ではあるのです。だから、つい気になってしまうのでしょう。
 産経新聞を読んでいたら本木雅弘の顔写真が目に飛び込んできました。瞬時にして「おくりびと」の記事だと察知した私はさっそく読んでみることにしました。「おくりびと」は、先日モントリオール世界映画祭でグランプリを受賞したこともあってか記事の扱いも破格の大きさでした。この記事を読んでいて心を奪われた言葉がありました。それは本木のこんなコメントです。
「どんなにがんばっても役者は“かけら”しか表現できない。それがもどかしい。でも、見る人に“かけら”からその奥深くにあるものを汲み取ってもらえたら……。それが救いですね」(産経新聞2008年9月13日付朝刊より引用)
 本木は“かけら”と謙遜するけれども、納棺師を演じるために、納棺の場に実際に立ち会うことも含めて、2ヵ月間の修業をしたという。そうでなければ迫真の演技はできなかったに違いありません。確かに彼の言うように、役者がどんなに頑張って演じたとしても“本物”にはなれません。本物に近いことはできるかもしれませんが、本物になれない以上は“かけら”かもしれません。しかし、その“かけら”にこそリアリティーはあるのです。私はそう思っています。素晴らしい役者とは、本物に近く演じるのではなくて、本物の真実を見抜いて、そこをデフォルメすることによって、私たちにわかり易く見せてくれることです。もしも本物が良いのならば、本職に頼んで映画を作ったほうがいいと思います。しかし、いくら本職を集めたからといっていい映画ができるかというとそんなことはありません。せいぜい学芸会レベルが関の山です。ということは、本職よりも役者が演じる“かけら”の方に真実があり、私たちにとってのリアリティーはあるということです。
 先程の本木のコメントは“演技”についての話ですが、それはそのまま“歌”にもあてはまるのではないでしょうか。換言すればこんなことになります。「どんなにがんばっても歌手は“かけら”しか表現できない。それがもどかしい。でも聴く人に“かけら”からその奥深くにあるものを汲み取ってもらえたら……。」
 役者が役になりきるためにすさまじい“修業”をするように、歌手もそれに負けない練習をするべきです。つまるところ、どれだけ“プロ”になれるかどうか、ということです。プロとして自分自身に妥協しない人だけが演技、歌にリアリティーを持つことができるのです。
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category: 俺が言う!

2008/09/19 Fri. 17:41 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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