花嫁をさらって逃げるダスティン・ホフマン。映画<卒業>のあまりにも有名なラスト・シーンですが、この映画を見た男なら、誰もが一度くらいはダスティン・ホフマンになりたいと思ったはずです。しかし、ダスティン・ホフマンになることは難しいのです。
あれは確か1973年の、とある日のことでした。友人のHが重大な情報を仕入れてきて、私に言いました。「富澤、すげえ話があるんだ。T子な、ほら、中学のとき同級だったT子だよ」。「T子がどうした?」「結婚するんだって……」「本当かよ?」。私はあまりのショックに二の句が告げないでいました。
彼女との付き合いは大学一年のときまで続きました。だが、一年の終わり頃だったろうか、彼女からの手紙を最後にぷっつりと切れてしまいました。中学を卒業して高校は別々になりました。このときから会う機会は減り、二年、三年になるにつれてさらに減りました。お互いに受験勉強を優先させなければならなくなったからです。そして私は現役で大学に合格して、彼女は一浪しました。東京と須坂。離れ離れの年月がお互いの心を変えたとしか思えません。
あれからもう二年以上も経っていました。彼女は一浪して大学に合格して上京していました。だが、私は彼女に一度も会ったことはありませんでした。彼女は私の意識の中から完全に消えていたのです。しかし、彼女が「結婚する」と友人から聞かされたときに、その存在が完全に蘇ったのです。そのとき私は、それまで付き合っていたハーフのモデルの女性に振られたばかりでした。振られた淋しさ、悲しさ、悔しさが入り混じり、私の気分は高揚していたのか、彼女に「会いたい」という熱い想いが湧きあがってきました。その結果、「俺はダスティン・ホフマンになるんだ」と思ってしまったのです。勢いとは恐ろしいもので、翌朝八時頃、彼女が大学に出かける頃合を見計って電話を入れました。翌日、私は新宿の喫茶店で三十分以上も前に着いて彼女の来るのを待っていました。「結婚してくれ」という切り札をいつ出したらいいのか、そのことばかりを考えていました。
やがて彼女はやって来ました。一時間ばかり雑談が続いた後、私は心の中にあったもやもやを晴らすために、勇気を出して尋ねました。「付き合っていた頃、俺のことをどんなふうに思っていたのか、教えて欲しいんだ」。少女のあどけなさが消えた大人の女性の表情で彼女は言いました。「ずっと好きだったけど恋愛感情を抱いたことはなかったわね」。「そう」。平静をよそおいながらも、私は目の前が真っ暗になる思いでした。こうして私はダスティン・ホフマンになろうとしてなれませんでした。いや、それどころか、私にとって美しかった“青春の思い出”さえもなくしてしまったのです。
セピア色の思い出は下手に掘り起こして原色にしない方がいい。セピア色はセピア色だからこそ美しいのです。もしもあなたがセピア色の思い出を持っていたら、そのまま大切に保管しておいた方がいいと思います。

